なんか、前に同じようなタイトルの文章を日記に書いた記憶があるんだが、まあいいか。
…。
この2つには大きな違いがある。前者は基本的に歌う側の自己満足であり(「そうではない」と信じたい人もいるだろうが…)、後者はある程度客観的に合唱団の歌を聴いた上で作られるものである。つまるところ、指揮者は前に立って冷静に音楽を聴ける時点で歌い手よりも良い音楽を作れる可能性を持っている。
…。
学生合唱団において、学生指揮者として毎年違う人間を1つのステージの指揮者に選ぶことの利点は、作りたい音楽について毎年違う価値観を持つ人間が学生指揮者となって前に立ち、常任指揮者とは違う価値観で音楽を作っていくことにある。
昔やったことがある素人が作る音楽に大した価値はない。経験の豊富さで勝負するならちゃんと指揮法を学んだプロに任せた方がよっぽどいいのだ。
…。
僕が学生指揮者をやる前、OBの人に同じようなこと(こんな乱暴な言い方ではなかったが)を言われた記憶がある。技術には年によって差がある(僕は明らかに下手な方だった)が、少なくとも頭の中でやりたいと思っている音楽には自信を持ってやっていっていただきたい(それにすら毎年文句が出るのはどうしてなんだろう?)。
…。
と、ここまで実は本題ではなくて、タイトルの意味はやっと常任指揮者の先生が「歌う側が作りたい音楽」から「指揮者が作りたい音楽」へ変える作業をはじめた、ということ。
さぁ、楽しくなってきましたよ。
投稿者 saburahu : 2004年11月06日 23:40 | トラックバック誰? って思った方はメールアドレスで解るでしょう。
質問です。
・寒らふさんが仰る「音楽の価値」って何ですか?
・学生指揮者と昔やったことがある素人が作る音楽とでは、その「価値」はどのように違うのですか?
・学生指揮者とプロの方が作る音楽とでは、その「価値」の違いはあるのですか?
かなり興味があります。お答えいただければと思います。
さて、学生指揮者がやりたいと思っている音楽に自信を持ってやっていって頂きたい、というのにはもちろん私も同感です。
それにすら毎年文句が出るということですが、文句が出る年の学生指揮者の練習を見ていると、何か団員との間に壁があるように感じます。カリスマという壁ならいいのですが、そうではない何か閉塞的な壁です。
「押しつけ形練習」とでも言いましょうか、「どうしてそのようにやりたいのか」が伝わってこないのです。ただ漠然と「ここは遅くします」とか「ここは大きくしてください」というような表現が多く、何故そういう風にするの? と思ってしまいます。
「楽譜に書いてあるから」ではなく、「ここは○○な感じで歌ってほしいから△△してください」というように伝えてくれれば、決して文句は出ないと思います。
楽譜に書いてある全ての事に、その理由が必ずあるはずです。それを一緒に紐解いていくのが指導者の役目なのではないでしょうか。
団員の多くの方が寒らふさんと同じ様な考えであれば、単声のようにOBの参加禁止をそろそろ考えなくてはいけませんね。
長文、失礼いたしました。
管理人さんじゃない者が先に訳の分からない横槍をさしますが失礼します。
芸術の価値なんてモノは言ってしまえば個人的な好みの問題じゃないんですか?
他の人には良く分からないものでもその人がそれを好きで良いと思うならその人にとってはそれは「良いもの」だと思います。
学生指揮者は自信を持てという意見には賛成ですが、自分は音楽の価値なんて物は分からないし頑張ってるものに価値なんて付けて欲しくない。
と言うのが弱小合唱部員の言い分ですがね。
これは必ずしも寒らふ氏の全ての意見に賛同する物ではありませんのであしからず。
論点からずれますが、いつも練習に来ていて個人的に練習後に指揮者に対して文句を言う分には構わないと思いますね。
あとは受け取る側が年長者からの意見として良い様に受け取るか否かの問題ですよ。
より良いものにしたいという気持ちはみんな一緒だと思うし最終的に演奏会で指揮を振るのはその人なんだからその団の中で、あるひとつの音楽を創る一員として、頑張っているその人に精一杯協力しようと、君について行くから頑張ってと思うのが普通の考えではないんですかね。経験があるならなおさらに。
そんな考え方は甘いんでしょうか?
もちろん考え方や理想は必ずしも一致するものでは無いとは思います。
しかしそのズレから生まれた人間関係のひずみの巻き添えを食って傷つく人を見るのはもうごめんです。
完全に論点がずれました。失礼しました。
Posted by: J : 2004年11月08日 23:37まず最初に言っておきますが、これは僕1人の感想です。多くの現役がどう思っているかは知りません。おそらくほとんどの現役は全然気にしていないでしょう。
…。
さて、僕も「昔やったことがある素人」の1人ですし、既にOBなのですが、こんなことを書いた理由には、OBOGの突っ込みの中には半ば学指揮が作りたい音楽への干渉とも思われかねないものが多々ある、と感じるからです。僕が入ってから5年になりますが、入ってからずっとこの「干渉とも思われかねないOBOGの突っ込み」の構図は変わりません。これはいいことではないと思うのです。
…。
とりあえずコメントの内容を読んで安心した部分もあるのですが、文句が出る理由がそこまでわかっているのならば、それを伝えるもっといい方法があるハズなのではないでしょうか。
練習後に学指揮を捕まえて「このページのここはどうしてこうなるんだ」と聞いたっていいでしょう。それでちゃんと説明が出来たならば「それだけじゃどう歌ったらいいかわからないから、次からはここまでのことを練習中に言ってくれ」と言えばいいだけの話だし、ちゃんと説明出来ないのならば説明できるようになるまで一緒にその指示の真意を紐解いていってあげるべきです。ここまでしないで「考えてない」と判断するのはいかがなものか。
閉塞的な壁をあると感じるならば、それを壊すだけの経験と余裕を持って参加することができる存在こそOBOGだと思う(現役は口には出せないまま本気でどうしたらいいか悩むことが結構多いようです)し、特に「昔やったことがある素人」である我々の中には同じ苦しみを味わっている人もいるわけですから、本領を発揮できると思うのです。
…。
にも関わらず、OBOGは「どうしてこんな重箱の隅をつつくようなことを」と思うようなところに突っ込みを入れるばかり。
聞くべきところ、多くの団員がどう歌ったらいいか悩んでいるところ、音楽を作る上に重要なところはもっと他のところあるんじゃないか、「学指揮なんざどうせ深く考えてないだろう」とタカをくくって文句を言っているんじゃないか、もっと自分達の思うとおりにしたいだけなんじゃなかろうか、などと僕は感じてしまいます。このように感じているのは僕だけなのかもしれませんけど、たまに出るOBOGの行動において、コメントに書かれているような思いはちっとも伝わってこなくて、嫌なことばかりを想像させます。
…。
もし、OBOGの突っ込みが「楽譜に書いてあることを紐解いていく」ということを達成するために必要な議論だとしても、練習時間中に40人以上の団員全員の時間を占領してやることではないと思います。それは時間外にやるべきことです。どう考えたって40人全員がその議論に参加することはできないわけですから、議論に参加できない人にとっては時間の無駄にしかなりませんし、練習時間を使って行われた議論で中身のある議論をこれまでほとんど見たことがありません。大抵の場合、「学指揮の判断でいいじゃん」と僕は思いますし。
…。
「昔やったことがある素人」、つまり練習中、前に立っていろいろ言われたことが人間だからこそ出来る気遣いや助言は絶対にあります。これは現役だけでは出来ないことと言えるでしょう。
不満や欲望は我慢して、出来る限り優しく伝えていきたいところです。
…。
最後になりましたが、「質問」に答えます。
…。
まず、僕が文章を書く上で考えていた「音楽の価値」とは「合唱団全体としてやりたい音楽が実現されているか」と「客が演奏会を聴きに来て何を聴きたいか」ということの2点です。
…。
次に2つ目の質問について。これはまず「客が演奏会を聴きに来て何を聴きたいか」という点が重要です。
他の学生合唱団の演奏会を聴きに行くとき、僕は学生指揮者はどんな指揮をするのか、どんな音楽を聴かせてくれるのか、常任指揮者は(振り方や音楽も含めて)どういう人なんだろうか、そんなことを楽しみにしながら他の学生合唱団を聴きに行きます。まあ、中にはステージに立っている知り合いだけに興味がある人とか、指揮者の先生だけを楽しみにしている人もいるわけですが、やっぱり学生合唱団ならば学指揮ステージがどうなっているのか、というのは客の興味を強く集めるもののはずです。
以上の点を踏まえて「合唱団全体としてやりたい音楽が実現されているか」ということを考えると、学指揮ステージは「学指揮のやりたい音楽が実現されていてこそ価値がある」と思うのです。
学指揮ステージに僕のような「昔やったことがある素人」が口を出して学指揮がやりたいものと別の音楽になったら、「学指揮ステージの音楽の価値」は下がると思うのです。どうしても「昔やったことがある素人」として音楽作りに参加したいと思うなら、納得のいくまでしっかりと話し合っていて、学指揮が「振らされている」ような音楽にならないようにすべきでしょう。
…。
3つ目の質問について。「価値」というものを感じる部分が違う可能性はありますが、学指揮だろうが常任指揮者だろうが「価値」そのものに差はないでしょう。
Posted by: 寒らふ : 2004年11月09日 00:54Jさん、寒らふさん、早速のご意見ありがとうございました。
このままこの場で意見交換を続けてもいいものやら…。不適切でしたら場を移しますので、仰ってください。
まず真っ先に思った感想は、「あの台風で中止になったときの練習は、中止になって良かったんだな」って。もちろん学指揮の曲には絶対に触れないことにしていましたが、他の曲だからいいのか? 良くないよなぁ。
「音楽の価値」という表現に初めて出会ったため、何だろう? と思っていました。なるほど、そういうことでしたか。何というかもっと
「攻撃的」なもの(表現が適切ではないかも…思いつかぬ)かと思っていたので、ご回答にとても納得しています。
さて、OB・OG(ここで言うOB・OGとは、いわゆる「昔やったことのある素人」のこと)同士でも意見は違います。なので、誰かが突っ込んだことを、全OB・OGが賛同している訳ではありません。「そこまで言わなくてもなぁ」と思うことは多々あります。
私はOB1年目の時、この「突っ込み」に関して苦い経験をしています。人間関係にまで発展し、「何しに来ているんですか?」状態に。
自分としてはよりよい音楽のため、と思っていたことも、結局単なる押しつけでしかなかったんです。
このことがあって、「前で指導している人を立てる」という至極当然のことを、遅まきながら心がけるようになりました。寒らふさんの仰るとおり、みんなの前では学指揮に直接言わないで、後で個人的に「こんなのどう?」みたいな感じで。決して押しつけることなく。
なので、「逃げ」ているわけではありませんが、私は他のOB・OGよりはその点は気を付けているつもりです。もちろん寒らふさんが学指揮の時にも。…出来てなかったのかなぁ。
最後にまたお尋ねしてもよろしいでしょうか?
寒らふさんご自身が体験されたり、今年の練習でも見られているという「干渉とも思われかねないOBOGの突っ込み」と、「重箱の隅をつつくような突っ込み」。具体例を出してもらえると助かるのですが。私は突っ込んだことを大抵覚えていますが(それだけ責任を感じて発言している、つもり…)、正直申しまして思いつかないのです。
なんか、すごく勉強になります。
一度「昔やったことのある素人」を一堂に会して(酒抜きで)話し合ってみたい気もする。…実現しないだろうけど。
またまた長くなってしまいました。すみません。先にも申したとおり場が不適切だったら仰ってください。
Posted by: えつや : 2004年11月09日 10:31ここで続けるのもアリなんじゃないでしょうか。一回読んだあと、時間をかけて考えて書く、というのは直接会って議論するよりも良い面があるかもしれません。
それにこういう内容の文章が誰でも読める場所に置いてある、ということは決して悪いことではないと僕は思います。なんか僕が好き勝手書くだけになっちゃってますけど…。
…。
台風で中止になった練習に関して、僕は「自分のいないところで他の人に練習を仕切られて音楽が変わっているのはあまり良い気分じゃないよなぁ」と思う人間なので正直なところ「結果的に台風で休みになって良かった」と思ってしまったのですが、これは僕の個人的な意見です。人によって全然考え方が違うので、今年の学指揮が他人に練習をやってもらうことを気にしてなかったら全然問題ない話だと思います。
…。
「音楽の価値」という言葉は適切な表現じゃなかった、とも思うんですが、自分が学指揮のときに「自分が指揮振る価値ってあるのかなぁ」と考えたことがあります。
学指揮を「やりたい」と言ったの自分だけど、その役職自体は昔からあったもので、前やったことある人の方が経験はあるし、振るのも(最初は)うまい(はず、例外もある)…にも関わらず指揮未経験かもしれない学生を指揮者に選んで1ステージ振らせる理由はなんなのか。
その理由が「全部先生にやってもらうとお金や時間が足りない」ということだけでは寂しいわけで(こういう事情も含んでいるのも現実だとは思うけど)、現役の学生の中の選ばれた人間が指揮者をやって作られる音楽だからこその価値があって、そのために学指揮を選ぶんじゃないか、と思って「価値」という言葉を使ったのです。
…。
「例」について、最近だと空海の「ひろいお空」のクレッシェンドの位置が違うのはどうのこうの、という話でしょうか(それほど詳しく覚えてないので、勘違いして覚えていたらすいません)。
これは楽譜に書いてあることに対して文句を言っていて「そんなの作曲者にしか答えられないだろう」と感じました。楽譜が間違っているかどうかなんて、作曲者にしかわからないことです。
高校時代、買った楽譜に違う「版」のものが混ざっていて2つの版に違う記述があって、「どちらか正しいのかわからない」とテナーのパトリ(僕でありません)が先生に言ったら、(「新しい方が正し」いと思うのが普通ですが)先生が「電話で聞いてくる」と言って本当に作曲者に直接電話で聞くために出ていったことがありますが、全ての楽譜に同じことが書いてあるのにも関わらず楽譜に文句を出すのはいくら何でも…と思います。
今その部分の楽譜を見てみると、基本は男声が女声を追いかける形になっていて、音型も似てはいるものの強弱の指示は全然違います。そうなると、同じでいいじゃん、という突っ込みはちっとも的確ではなく、突っ込みをすること自体に疑問を感じるものでした。ただ、どう歌ったらいいかわかりにくい部分ではあります(クレッシェンドをどれくらい強くしたらいいんだろうか?とか)ので、今後時間をかけてこの場所をやることになるかもしれませんけど。
…。
こういう例って毎年そんなにあるわけじゃないんですけど、突っ込みの内容に関わらず練習中に自分が思ってもいないようなところに対して「こっちじゃいけないの?」って聞かれて、「いけないです」って言ったら、「その理由を教えろ」って返されてその場で相手を納得させなくちゃいけない、というのはかなり厳しい要求だと思いました。
研究発表の質疑応答とかならそれでちゃんと答えなくちゃいけないんですけど、そういう状況とは違うわけですし、自分の出した指示がいきなり思った通りの効果を出すかどうかなんてやってみないとわからない(先生だってある程度試行錯誤している)わけですから、実際に演奏して試してみる前に自分の方が正しいことを言葉で説明するのは大変なことです。
それに、質問する側が質問に答える側よりも高い立場にいないと出来ない(現役だったら普通はやらない)質問の仕方、という風にも感じます。突っ込みの内容がその場の状況においてすごく的確なものであれば納得がいくんですけど、ちょっと内容がズレると練習の流れを崩されたようで嫌な気分になります。
質問の内容がどうであれ、OBOGが行う突っ込みのやり方自体にやっぱり多少問題があるんじゃないかなぁ、と思います。
…。
自分のときについて言うと、僕と「犬猿の仲」で有名な方の突っ込みには困ったこともありました(それはレベルが低すぎたり、間違った知識と解釈に基づいたものがいくつかあったから)が、他のOBOGさんに「押しつけられた」という印象はないですねぇ。
そもそも文句が出ようが自分が「ダメ」だと思ったら言うこと聞かなかったし、不満が残っていたらOBOGの飲みについていってその飲みの場で話しをしようとしてました。話せばわかる、きっとそんなに考え方のズレはない、と信じていたし、それは間違っていなかったと今でも思います。
…。
長々と書いていて思うんですけど、ここまでいろいろと気にする自分はちょっと異常なのかもなぁ。こんなこと気にしてないよ、という学指揮だってきっといるんだろうなぁ。
他の学指揮経験者がどう思っているかは、やっぱり気になりますね。
続けるのもアリ、とお許しが出たので、もう少し思いを連ねてみます。風邪なのに付き合わせてしまって申し訳ないです。
具体例、ありがとうございます。
実は書き込んだ後に「一つはアレのことかなぁ」と思ったのですが、やはりそうでしたか。
無意味かもしれませんが弁解します。
最初、cresc.の違いを学指揮が伝えるとき、「楽譜に書いてあるのでそのように歌ってください」と言っていましたが、私が反応したのはこれについてなのです。「cresc.の位置の違いに意味はない」って事じゃないです。
学指揮は練習前に、「あ、ここはcresc.の位置が違うな。何でだろう。・・・。ああそうか。○○××なのか。結構大事だよな。ここはみんなに気をつけてもらおう。」というように曲を「予習」し、そういう場所をあらかじめ何十カ所と見つけておいてから、いざ練習を仕切っていく。そして最終的にはそれが曲想になっていく、と思うのです。先生のようにプロじゃないんだから、楽譜見てその場で考えて、なんて事はなかなかできないはず。
申し訳ないけれど、今の学指揮にはこの「予習」の部分が見えてこないです。農工祭前だからかなぁ。
学指揮と一度飲みに行ったときに、棒振りの練習は毎日してます、と聞きました。すごいです。でも曲に関することは聞かなかった。
ただもしかすると、彼が話さなかっただけで実際は考えているのかもしれません。というより、考えていてほしい・・・。
もし。考えてきたことを練習で伝えようとしても、OB・OGがウルサイ事を言うので、10のうち半分も伝えられない、ということだったら、これは大問題です。OB・OGを集めて話し合いをしなければ。
寒らふさんが感じていることは、決して異常では無いと思います。ただ、今の学指揮に、寒らふさん位のしっかりとした思いがもう少しあれば、もしあるのならそれをもっと前に出してくれれば、と思っています。これだけでもかなり練習は変わってくるはずです。
うーん、今一番聞いてみたいのは、彼の考えです。「はぁ、そうですかぁ。全然思ってないですけど。」なんて答えが返ってこないように祈りたいですが・・・。
次の練習、改めて気をつけて参加してみます。いろいろとありがとう。
#余談#
ここだけの話、ってWEB上にあり得ないけど(笑)、学指揮には「一つ飛びの法則(勝手に命名)」があるみたいです。
隣り合う代の学指揮同士は反りが合わないけど、一つ飛んだ代の学指揮同士は結構合う、って感じで。
これ、自分も含めて何故だか案外当てはまります。他の役職でもあるのかな?
ではまた。
うーん、現役時代に言われてどうしても納得がいかなかったような気がする話になってきたなぁ。
…。
というわけで、相変わらずかなり失礼な内容を含みますが、書かせていただきます。
…。
まず「楽譜の通り出来ていないから楽譜の通りに歌ってくれ」という内容の指示に理由付けの説明が必要なのか、そこが僕には疑問です。
学指揮がそういう指示しかしないということは、歌う側が楽譜を見れば出来るようなことをまだ出来ていない、ということでもあると思います。
…。
少なくとも、学指揮が自分なりの音楽を作っていく以前の課程、音やリズムの正確さが学指揮の基準に満たない場合、理由付けなど必要ないと思います。単純に音が間違っているわけですから直して欲しいだけなのです。「楽譜と間違っているところ直さなくはいけない理由」なんて説明する必要もありません。
音やリズムも正確に歌うためには、ある程度強弱や曲想の記号も把握しなければなりませんが、それでも楽譜に書いてある以上の内容はなくてもいいと思います。少なくとも、今のあんな不正確な音やリズムでは曲想など付けようがない、と僕は考えます。
…。
現役時代に思っていたけど言えなかったこと(今の現役がどう思っているかはわからないけど、思っていたとしても絶対に言えないこと)なんですが、文句を言う前に一度自分が楽譜に書いている通りに歌えているかどうかを考えてみてください。
…。
もし、楽譜に書いてある通りに歌えていなければまず自分が楽譜通りに歌えるようにすべきでしょう。
学指揮の指示がなくたって、曲想の指示記号の意味を把握すれば自分なりに解釈して歌うことは出来るはずです。楽譜に書いてあることをこと細かく説明していては時間が足りませんし、歌う側がその説明を待っているのは時間の無駄でしかないと思います。正直言って、ここまでは本当はパートや個人の単位で出来ることですし、こういう確認を練習時間外にしている現役は毎年いるのです。楽譜通りに歌えるようになった後に、その学指揮なりの解釈を付けていくことこそ、「曲想を付ける」ということなのではないでしょうか(ここには意見の相違がありそうだけど)。
…。
僕の印象として、今のところOBOGが楽譜に書いてある通りに歌えているとはとても思えません。出来ていると思っているのならば、それは考えが「甘い」と思います。まあ、現役も自分も楽譜に書いている通りに歌えているとは思えませんけど、それよりちょっとマシだからって文句を言える、という話ではないはずです。それにも関わらず曲想だなんだとOBOGが口を出してくる、という印象は正直あります。文句を出す前にしなくてはいけないことはまだ残っているのではないでしょうか。
…。
実際に本人に聞いてみないとわからない部分はありますが、少なくとも現学指揮は細かい曲想の記号の意味も把握しており、頭の中で曲のイメージは出来ているように感じます。本人に直接聞くのは、僕としてはちょっと彼に失礼なような気がします(僕はそこは信用してますので)。
今の状況は、どちらかというと、いつまで経っても音が正確にならなくて、歌う側が楽譜にかじり付いたまま進歩しないことに苦悩しているように思います。振る方は毎週良くなっているので、歌う側がもっと頑張ってあげないとなぁ、と思います。
Posted by: 寒らふ : 2004年11月10日 16:48上のコメントを投稿してから、さすがに書きすぎたかなぁ…と思いました。すいません。
まあ、管理人だから消そうと思えば消せるんですが、現役時代から上のように思っていることも嘘ではないので、残します。
…。
もし、今の現役の「ごく一部」が上に書いたようなことと同じようなことを思っていたら「言ってくれれば…」とOBOGとして言えるでしょうか?(今の現役にこんなことを思っている酷い人はたぶんいないでしょうけど)
OBOGとして現役に言いたいことがあるのはわかりますし、僕だってOBとして現役に言いたいことはあります。でも現役だってOBOGに言いたいことがあるはずです。でも、それを口に出すことはまずあり得ないし、出来ないし、やろうと思わないでしょう(現役側が何も言わない、ということは必ずしも「文句がない」ということでもないはず)。OBOGの方が絶対に言いやすいですよね。
わかっていらっしゃるとは思うのですが、この点は本当によく考えていて欲しいし、絶対に忘れないで欲しいし、もっと良い方法がないかどうかを常に考えて欲しいのです。
今年のOBOGの行動には、ここが伝わってこない行動があるような気がします(気のせいかなぁ)。
Posted by: 寒らふ : 2004年11月10日 20:22練習の進め方の話になってくると、人それぞれ違うので何ともいえないのですが、ちょっと違うように捉えてしまったようで気になった点が。
> 音やリズムの正確さが学指揮の基準に満たない場合、理由付けなど必要ないと思います。
これは当たり前です。音とリズムは問答無用でしっかりと取っておくべきです。私が「理由が必要」と思っているのは、テンポや表情記号、強弱記号などについてです(細かいことを言えば音やリズムにだって理由はあるけど)。
遅くなっている理由、堅めに歌えと書いてある理由、だんだん大きくしろと書いてある理由、等々、これらを押しつけることなく、共に納得しながら曲想にしていく、というのが私の思っている進め方なので、そういう意味で「理由付けが必要」と言ったのです。
「ここは楽譜にcresc.と書いてあるのでそうやって歌ってください。」と言われるのと、「ここは次のフレーズに向かって盛り上げていくところなので、楽譜にも書いてある感じでcresc.してください。」と言われるのとでは、歌う側の納得の仕方が全然違います。
私は高校で指揮を学んで以来、農工学指揮を経て現在もたまに他の所で指導していますが、時間がないときなど仕方なく前者の言い方をすることがありますが、歌う側があまり納得していないのがよくわかります。
あくまでも私個人の意見ですが、「楽譜に歌わされている」という感じは嫌なのです。
こんな考えが根底にあるので、先日の練習で突っ込みをしてしまったわけです。
今年は練習の進め方が自分の思いと違っていたため、ちょっとイライラして口を出す回数が増えていました。これは反省です。以後は気をつけなければ。
まあ私から見ていても、「ちょっと言い過ぎだろう」と思うOB・OGはいます。きっとここは見ていないだろうし、どうしたもんですかねぇ。
言葉は悪いですが現役たちの「あがき」を、大きな視野で見守るのが本来の姿で、よっぽど道を外しそうになったときだけ助言(突っ込みとは違う)する、というのが理想でしょう。
こうなってくると、現役は今の状況をどう見ているのか、かなり気になってきます。悪い影響を与えていなければいいのですが。
Posted by: えつや : 2004年11月11日 01:35あれれ、最初の方を見直してたら、
> 楽譜に書いてある全ての事に、その理由が必ずあるはずです。
なんて書いてた。こりゃ勘違いされても仕方ないな。すみません。
練習の進め方についての考え方はかなり違っているようです。ここが重要で、面白いところかもしれません。
…。
僕にとって「楽譜に正確に」ということには、テンポや表情記号、強弱記号にも含めて正確に、という意味を含んでいます。
…。
テンポや表情記号、強弱記号だって楽譜に書いてあることなら学指揮が何も言わなくてもパートリーダーや個人のレベルでその意味を解釈し、(勝手に)表現方法を考えて歌っちゃっていい、むしろどんどんそうして欲しい、と思うんです。
この場合、楽譜に書いてあることと違ったことをやったり(主にOBOGがやりがちな「勝手にrit.」みたいなのは絶対にダメ、ということ)、指揮者が注文を付けない限りは自分の思い通りに歌えることになります。
…。
まず歌う側が楽譜に書いてあることを頼りに出来る限りの解釈をして歌ってみて、それに対して指揮者がダメ出しや修正を加えていく、そういう感じの進め方を僕としては理想と考えています(先生が振る曲に対しては、学指揮が楽譜に書いてあることを頼りに曲を解釈していって、それに対して先生がダメ出しをしていく、というシステムになっている…と思う←こう思って学指揮をやっていた)。
この方が効率的(パートリーダーでも出来る指示なら学指揮1人が4パート全部に指示を出すより、各パートごとにやっていた方が時間は短縮出来そう、という話)だし、歌う側もいろいろ曲に対して考えるチャンスが出来る)ので楽しいんじゃないだろうかと思うんです。
…。
ただ、これだと今よりパートリーダーの負担や責任がものすごく増えて、技術的な知識や能力ももっとたくさん必要とされる(学指揮とパートリーダーのレベルの差はほとんどない状態でないといけない)のでなかなか難しいところがあるし、パート練のためにある程度時間を割くことも必要になるでしょうから、今のうちの団のシステムでは無理なのかもしれません。
…。
忙しくてみんな時間がない、でも週に一度はみんな集まれる、という状態(社会人合唱団だとこうなるのかなぁ)だとえつやさんのおっしゃられている方法の方が効率的だとは思うんですけど、一応僕らは学生合唱団なので、僕のような考え方もアリなのかなぁ、とも思います。
…。
僕が上のように考えるのは自分の高校時代、パート練をやる時間がすごくたくさんあって、パートリーダーとして時間の許す限りひたすらパートでの練習をしていたからなのかもしれません。時間がたっぷりあったおかげでパートリーダーでも楽譜を解釈して音楽を作っていく楽しみを知ることができました(学指揮をやってみたいと思ったのも、このようなパートリーダーの経験があったからでしょう)。
…。
逆に大学に入ってからは時間外に人を集めないとパート練が出来ないのでパートリーダーになっても結局も何もやることがなかった(←ダメなパトリ)。
個人としては音もリズムも正確に、曲に対して自分なりの解釈した上で学指揮や先生の練習に臨んでいたけど、そうすると楽譜に書いてあるイメージばかり伝えてきて、楽譜に書いてある指示じゃない、指揮者が本当にやって欲しい細かい表現の違いが伝わってこなくて面白くない(自分が思ったのと違うイメージを指揮者が言ってきたときはいろいろ考えられるんだけど)、という風に感じることもありました。
…。
このような自分の考えに他の人との意識のズレがあることはある程度わかっていながらも、結局自分は学指揮のときもこの考え方を変えることはできなかったようです。「これは学指揮じゃなくても出来る指示だし、自分のイメージを言葉でみんなに強制させることもないだろう」とかいう感じに思ってました。
…。
そして、OBとして、歌う側で参加している今でも考え方は基本的には変わりません。歌う側の一人でも多くの人間が曲に対して自分なりの解釈を持って表現していれば、全体としてもっと豊かな音楽が出来るんじゃないか、という感じでやってます。
…。
今年のOBOGの明らかに問題アリ(だと思う)な行動について、現役はどう感じているのでしょうか。
前で歌っている新入生とかは後ろを気にする余裕がない人が多そうなので気づいてなさそう(ある意味失礼な発言)、上級生とか後ろの方で歌っている人はさすがに気づいてそう。僕としては「あれでいいんだ」という悪い見本になっていないかどうかが一番不安です。
…。
しかし、こうやって書いてまとめてみると学指揮のときに自分が言っていたことはかなり歪んでるな。基本はここから出発しているハズなんだけどなぁ。
Posted by: 寒らふ : 2004年11月12日 00:51> 歌う側の一人でも多くの人間が曲に対して自分なりの解釈を持って表現していれば、全体としてもっと豊かな音楽が出来るんじゃないか
同感です。もちろんその表現方法は「文句」ではなく「歌」で、ですよね。
この一週間、練習について改めて考えることができたので、とてもいい機会でした。
よーし、明日は頑張ってみるぞ! と意気込んでみたら、今週は農工祭じゃん(笑)。
はい、同期の元学指揮です(笑)
こんな論争があったのは知りませんでしたが
どうしても疑問だったのでコメントしてみようと思います。
楽譜通りに歌えるようになるまで、何も言っちゃいけないんでしょうか。
私はこの論争を読んでいてそういうふうに感じました。
むしろ、楽譜通りに完璧に歌える人がいるんですか?
そして、楽譜通りに完璧に振れる指揮者もいるんでしょうか。(プロにしろアマにしろ)
もし歌い手にそれを望むなら、指揮者もそうでなくてはいけないと思いますが、どうでしょうか。
私や、あなたはそういう学指揮だったでしょうか。
少なくとも、私は違うと思います。
歌にしろ、指揮にしろ、楽譜通りに完璧になんてできませんよね。
人間ですから。
だからこそ、なにもかもが不完全で、不完全なりに、お互いがお互いのもっているもので足りない部分を補い合って、
そうやって音楽を作っていきたいと私は思っています。
そのためには、OBOGにしろ現役にしろ、お互いが何を思っているのか、どんな音楽を持っているのか、私は知りたいと思います。
ていうか、純粋に興味があります。
OBOGの今のやり方が決していいとは思いませんが、少なくとも相手(この場合は今の学指揮でしょうか)の持つ音楽を知りたいと思うからこそ、
ああいうふうな形でコミュニケーションを取ろうとしているようにも感じます。
その中でみんな、このやり方はまずかったとか、色々模索しているんじゃないでしょうか。
楽譜通りに歌えるまで何も言っちゃいけなかったら、誰もずっと何も言えないだろうし、
そしたらコミュニケーションだって取れないし、それって同じ歌を歌う者同士としても、
人間としてもちょっとさびしくないですか?
うーん、正論だなぁ。
…。
OBOGが言ってるジレンマもわかるんだけど、この問題を解決するためにはサークルのシステムとして変えなくてはいけないところがあると思ってる。
今の技術系役職のシステムは学指揮に負担がかかりすぎている気がする。2年パトリって、経験が足りなくて現実的にパトリとしての役割を果たせないでしょう。だからパトリがやらなくちゃいけないところ(楽譜に正しく歌うための練習)が全部学指揮にのしかかってきてる。これは責任だけかかって何もできないパトリも、事情がわかっているからどうにかしなくてはいけない学指揮もつらい。
その点を考えると、OBOG側(学指揮以外の団員、と言ってもいいか)の主張が論理として正しくても僕は学指揮を責められないし、正論を学指揮だけに押しつけるのがすごく可哀想に思えてくる。
…。
いくらOBOGが試行錯誤しても結局は根本的なシステムを変えなくてはどうしようもないんじゃないかなぁ。
…。
僕は人が増えて2年パトリのシステムを変えられるようになるまではOBOGは我慢すべきなんじゃないか、思っている。ついに現役側に2年パトリのシステムの変更の提案が(僕じゃないOBさんから)行われたけど、今の時点でOBOGに出来る一番のことって、とにかく楽譜に正しく歌って学指揮が本来やらなくていいことを減らすことくらいなんじゃないだろうか、と思う。
それを強く言いたいんだよ、一番は。
…。
だからといってOBOGに「文句を言わずに我慢して正しく歌え」と強制するのは正しくないなぁ…と今としては反省はしている部分もある。
これを言い出すと、OBOGは演奏会に出れなく(出なく)なる。せっかくOBOGと現役の間で(世の中ではかなり)いい(方の)関係が続いているのに、これは惜しい。
でも、何度も言うけど不満を言うときの言い方だけは絶対に気を付けて欲しい。
今年は僕のときよりも酷かったと思う。
Posted by: 寒らふ : 2004年11月22日 04:29Iさんを「イ」さんと思って、「誰だ?」と悩むこと数分(笑)。
私の中では一応の解決が見えたので、この話がまさか続くとは思っていなかったなぁ。
2年パトリって「2年生パトリ」のことだよね? 「2年間パトリ」じゃないよね。そうだと思って話を続けます。
2年生でパートリーダーというのは本当に大変だと思います。経験があるのならまだしも、大抵は大学から合唱を始めた人ですから、就任当初は右も左もわからないはず。
私が1年目の学指揮の時、ソプラノパトリさんが2年生でした。
引き継いでから丁度半年たった頃が夏合宿なのですが、そこで技術委員会を開いたときに「この半年間の悩みとか問題点とか何かありますか?」と聞きました。
すると彼女は、「パートを背負うプレッシャーに押しつぶされそうになっていて、何をしていいのかわからないんです」、と涙ながらに打ち明けてくれました。
技術委員長として気付いてあげられなかった自分が情けなく、本当に申し訳なかったです。
この経験があったので、混リまでの間に技術委員会を頻繁に開くようにし、パートリーダーだけの負担にならないようになるべく配慮しました。
翌年の彼女は3年生パトリとなり、自分のパートのことはもちろん、他の2年生パトリへアドバイスしたりと、とても頑張ってくれました。
さて、何が言いたいのか。
2年生パトリが決して悪いことではなく、むしろ2年間続けることによって、1年目でやり残したことや反省点が2年目で生かせるので、とてもいいことだと思うのです。
今の2年生パトリは、大抵が1年間やって終わり、翌年は別の役職に就いています。人数が少なかったので致し方ないことなのですが、出来れば2年間続けて欲しいと思います。
ただ、2年生パトリ時代に負担が少なくなるように、技術委員会でフォローしなければいけないのです。これが一番大事です。技術委員の心を一つにすることが、技術委員長である学指揮の最大の仕事です。
かく言う私がちゃんとまとめられていたか、というと、あまり自信はないですが・・・。
だから、フォロー体制がしっかりしているのであれば、2年生パトリには賛成です。ただし、2年間続けるのであれば、という条件付きです。
さて、
>OBOGに「文句を言わずに我慢して正しく歌え」と強制するのは正しくないなぁ…と
ですが、「文句」だったら我慢すべきだと思いますね。OB・OGは現役合唱団に「参加させてもらっている」に過ぎないのですから。決して「出てやってる」と思ってはいけないのです。
私も含めて、最近の発言はこの「出てやってる」的な立場からに見えます。思っていなくても、やはり「言い方」の怖さです。私は寒らふさんの日記を見なかったら、まだ続けていたかもしれません。
>楽譜通りに歌えるまで何も言っちゃいけなかったら、誰もずっと何も言えないだろうし
確かにその通りだけど、現役が誰も何も言わないのであれば「何か言うように仕向ける」のであって、最初に突破口を開くのがOB・OGではいけないと思います。意見交換が成されるようになれば、OB・OGが発言しても(悪い)影響は今ほどではなくなるでしょう。
昨日の日曜午前練くらいの感じで続けばいいなぁ、と思った。
Posted by: えつや : 2004年11月22日 12:05お二人の意見は非常によく分かるし、私もそう思うんですが…ちょっと私が聞きたかったことと論点がずれてしまいました。
まあ、私の書き方がいけなかったとも思うんですが。
うちの団に限らず、そしてOBOG現役に関わらず、何かを言うときに言い方を考えるのは私にとって当たり前のことです。
私だって現役時代に嫌な思いもしたし、OGになって嫌な言い方をしてしまったこともあります。
えつやさんの言うとおり、文句や嫌味なら言うべきでないのは当然です。それはただの悪口です。
寒らふさんの言うように、システムを見直す作業をするのだって当然です。
毎年メンバーが違って、人数が増えたり減ったりしてるんですから。
その中で現役が、その年にあったシステムを構築するのは当たり前のことです。
と、思っていたので私には特に「OBOGが現役にどう関わるべきか」ということについてのお二人の意見に対しては、別に何の反論もありません。
私が本当に聞きたかったのは、この論争であまりにも「正しい」とか「完璧」とかいう言葉が連発されていることについての疑問です。
たぶん、理系の悪い癖のような気もしますが…。
もちろん、正しく歌えるように努力しようとか、完璧に出来るように頑張ろうとか、そういうことなら分かります。
しかし、音楽に完璧な形とか正しい形とか、ありますか?
そういう言葉は、人に誤解を与えます。
自分は完璧じゃないから何も言っちゃいけない気がして…と、これはよく現役の後輩から聞く言葉です。
だから私は、「誰も」何も言えないと書きました。
OBOGについてだけではありません。
先輩がこういう「完璧」だとか「正しい」を連発することによって、現役も誤解をするし、何も言えなくなると言っているんです。
完璧でなくても、正しくなくても、意見や疑問があるなら現役だって、というか現役こそが言っていいのだいうことを、伝えてあげなくちゃいけないんじゃないですか?
それが、えつやさんのいう「何か言うように仕向ける」ことにつながると思います。
OBOGは完璧でないから口を出しちゃいけないんじゃないと思います。
先輩で、経験があって、だからこそ彼らが自分で考える前に、先回りしてしまうけど、それは現役の成長を止めることに繋がるから、だからいけないのだと思います。
また途中でちょっと話が逸れてしまいました…すいません。どうしてもうまくまとめられませんでした。
本当に私が一番言いたかったのは、音楽のように、歌い手によって色を変えるものに「正しい」だの「完璧」だのという枠組を与えて、話を進めていることが全くもって疑問だったということです。
そんな狭い視野で音楽を語られることが、本当に疑問だったのです。
それは、音楽の可能性を潰すことには繋がりませんか?
うーん、確かに僕は現役時代から「正しい」とか「完璧」だとかいう言葉をよく使っていたなぁ。
「正しい」とか「完璧」とかいうことで論議をしている時点で結果的に音楽の可能性を潰している、というのは確かにその通りだと思った。自分が本当に言いたいこと(やりたいこと・やりたかったこと)はこういうことではなかったのだが、現役も黙らせてしまっているのは大きな問題だ。
…。
うちの合唱団がやる「音楽」って、本来僕らOBOGがあーだこーだと口を出すもんじゃない。学指揮としてOBOGに口を出されるのをすごく嫌がったのは自分のハズだし、現役が口を出せなくなってツラい思いをした(させた)のも自分だ。
…。
うーん、僕がOBOGや先輩の立場で話をしている限り、僕が本当に言いたいことは伝わらないのか。
…。
そもそも僕が半ばOBOGに喧嘩を売るような文章を書いたことからスタートしたこの議論ですが、僕がやりたいことは今の学指揮を助けることです。そして不満を抱えてるOBOGも助けられたらいいなぁ、とも思っています。
そのために自分が出来ることは今年の学指揮と同じような境遇で学指揮をやったときにどのように感じていたか、ということ伝えることなのかもしれません。
学指揮の意図と、それに対するOBOGの不満って、かなりズレがあると思うんですよ。学指揮のやっていることが正しい、とは言えないけどOBOGの不満には今では解決できないことや厳しい事情、さらにはOBOGの勘違いが絡んでいることもある。自分(学指揮)のせいだと思われてるみたいだけど本当は違うんじゃない、と思っていたりすることもある。
…。
議論の中で、僕の書いたことにはいろいろと突っ込みどころがありますので、コメントがあればそれになるべく答えますが、学指揮時代に思っていたことについては一度仕切り直して、日記のエントリーとして載せます。
Posted by: 寒らふ : 2004年11月23日 23:24