2005年02月12日(土)

「合唱団ひぐらし演奏会〜日本語の力〜」

夕方には上野に行き、サークルのOB(僕ももうOBですが…)であるniheiさんが所属していらっしゃる合唱団「ひぐらし」の演奏会を聴いてきました。

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正直言って僕は社会人合唱団の演奏を聴くことはほとんどないのですが、まず声を聴いてちょっと驚きました。メンバーは年齢も声の出し方も歌い方も全然違う(男声が妙に男声合唱っぽかったり)のに、合唱団としてはちゃんとまとまりがある。

うちの団って、今かなり混声合唱を中心に回っていて、混声合唱はそれなりにうまく歌えるけど男声合唱になるとどうもうまく歌えない(「男声合唱らしい泥臭さ」が出ない)感じがあって、「混声合唱と男声合唱を音楽的に両立できるのかな?」なんて勝手に心配していたんですが、案外どうにかなるのかもしれませんね(楽観的過ぎ?)。

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会場である東京文化会館小ホールは初めてだったのですが、デザイン的に面白いホールでした。

音に関しては側面の壁と天井で響き方が違っている。壁は普通の音楽ホールのように響いているけど、天井はコンクリートの建物のように響いていて、全体としては通常の形状の音楽ホールとちょっと違う響き方をしているように感じました(なんかホールの見た目通りの感想なんだが…)。

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演奏会のサブタイトルには「日本語の力」とありまして、流行の作曲家である信長貴富さん(この前の演奏会でこの人の曲を歌いました)プロデュースによるもので、信長さんが「言葉が聴き手に伝わるか」という点に狙いを定めて選曲をおこなったそうです(パンフに書いてあることほぼそのまま)。

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通常、合唱の演奏会では歌詞カードがパンフに挟み込まれます。そして、演奏前や演奏中に歌詞カードを確認し、歌詞の内容を考えながら音楽を聴くのが普通だと思うのですが、今回の演奏会では歌詞カードもパンフには挟み込まれておらず、途中の休憩で欲しい人だけが取る、という形態になっていました。

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休憩のときに歌詞カードはもらいましたが演奏中はなるべく歌詞カードは見ないようにして聴いていました。

それでわかったのは、やっぱりメロディを聴いて「いいなぁ」と思う曲でないと歌詞は頭に入ってこない、ということです。メロディやテーマが明快な曲ばかりならば歌詞カードはいらないのですが、演奏された曲の中にはやっぱり音楽と音で伝えられる言葉だけでは理解できない曲が含まれていて、そのときはやっぱり歌詞カードが欲しいなぁ…と思ったのでした。

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合唱の演奏会において、歌詞カードが挟み込まれるのが普通であるのは、聴き手にとって演奏される音楽を理解する手助けになるから、という理由もあるのだと思います。そうなると、歌詞カードはやはりパンフに挟み込まれているべきなのではないでしょうか。

ただ、今回の演奏会では歌詞カードがなかったことで、歌い手はいかに言葉を伝えるか、聴き手はいかに言葉を感じ取るか、それぞれ必死になっていたと思います(少なくとも僕は聴き手として必死でした)から、試みとしては成功だったのではないでしょうか。

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曲目を見てみると、「歌詞カードを配らない」ことに深い意味が込められているのって休憩前の第2ステージまでなのかなぁ。休憩前まではとにかくいろいろな曲を試してみてるんだけど、休憩後はノスタルジアIIの初演と三善晃の曲集なんだよね。

投稿者 saburahu : 2005年02月12日 23:05 | トラックバック
コメント

ご来場いただきありがとうございました。
歌詞カードを挟み込まない事を決めたのは演奏会の2週間前くらいだった思います。
歌詞カードを読みながら聞く事ってしばしば生じる「聞いてるようで聞いてない」状態を避けたかったのだろうと思います。
「音として飛び込んでくるもの」に着目してほしい、という事です。

ちなみに男声合唱と混声合唱を並行させるのはテノールの力量次第です。
ひぐらしの男声だけで男声合唱をやると、案外それらしい音になりません。

Posted by: nihei : 2005年02月14日 01:39

なるほど。確かに歌詞を読んでて「聞いてるようで聞いてない」ってこともありますね。

テノールの力量…うーん。男声合唱ではパワーで押し切り、混声合唱では内声として器用に歌う、その両方をこなす力量が必要ってことでしょうか…。僕は前者の方ができないのですが。

Posted by: saburahu : 2005年02月15日 23:21
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