もう8月ですね。大体半年後には修論提出ですよ。
…。
まあ、なんとかなるとは思うんですけど、あんまりいい加減にやってると直前で大変な思いをするので、それだけは避けないとなぁ、と思っております…などと言いつつ、たぶん直前で苦労するんでしょうけど。
…。
さて、卒業するのに必要な単位を取得するため、久しぶりに「レポート」というものを書いております。
…。
提出は8/10。まだ締切までには余裕があるのですが、他にやることや遊びの計画もあるので、とりあえずデッドラインの早いタスクから処理するEDF(Early Deadline First、名前そのままのアルゴリズムですな)で処理していこう、という発想であります。
ただ、レポートが適当に切り張りしてちょっと文章を書き換えてるだけだったり、量の割に内容があまりなかったりするのは、学部生だろうと院生だろうと大して変わりません。
レポートというのは論理的な文章を書くための訓練なので、これで良いのです。
…。
卒論や修論だって、基本的には変わりません。
大きな違いは量がとてつもなく多いことと、多少は新規性や有用性が必要なこと。
特定の専門分野における新規性や有用性…と聞くと一見すごく大変なことに見えます。実際、大抵の人は苦労するんですが、現実には研究で関わった専門分野を生かせる仕事に付ける人間はごく少数です。悲しいことに、大抵の人間は大学での研究を生かすことはできないのです。
そう考えると、卒論や修論というのも、一部の人間を除くと、所詮は一つの仕事を行い、それを完遂するまでのプロセスを学ぶための「訓練」であると言えます。
…。
「研究が大好き」という奇特な人から見れば邪道な意見だとは思いますが、これが現実です。そして、こういったプロセスを経験した学生を輩出することが、うちのようなレベルの国立大学が教育機関として社会の中で果たすべき大きな役割なのです。
たぶん。
…。
んで、自分はというと、どちらかと言えば研究に近い内容の仕事に付ける、運がいい?人間であると言えるでしょう。
研究を訓練のプロセスとして考えても、なかなかいい経験をさせてもらっているので、個人的には満足な大学院生活を過ごせている、と思ってます。
たぶん、ですが…。
投稿者 saburahu : 2005年08月01日 23:44 | トラックバック