9月2日夜出発、9月3日帰宅の18切符の旅の記録です。ものすごく長くて(とはいっても長いのは最初のうんちくだけだが)、写真もたくさんありますので、じっくり見てください。
数日間トップページに掲載されたあとは、9月3日のエントリに移動します。ではゆっくりどうぞ。
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22時15分津田沼発の総武快速に乗り、津田沼ジャスコで買った氷結ライチ(100円だったのでつい…)を煽りつつ東京へ。
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東京に着くと中央線ホームへ上り、中央特快に乗って新宿へ。新宿では一度改札を出て日付変更後の最初の停車駅となる立川までの乗車券(450円)を購入(定期では乗れないらしい)。急にトイレに行きたくなったので南口のマックへ、何も買わずにトイレだけを借りる。
新南口から5番線ホームへ、ちょうど入線してきたところだったので写真を何枚か撮る。
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乗車を待っている乗客は学生とハイカーが半々、といったところか。18切符シーズンでなければほとんど客はハイカーなのかもしれない。
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定刻23時54分のちょうど10分前にドアオープン。全車両満席とのことで、席に座り発車を待っていると人がやってきた。発車は山手線が遅れているため5分遅れ、23時59分発車。遅れて24時を回ったら立川までの切符は不要になったりしないのか。
ちなみに、隣に座っていた人はいきなりなんかの問題を解きはじめたが、すぐ寝てしまった。寝るためには解けない問題を解こうとするのが一番なのか。自分も英語の論文とかを持ってくるべきだったか…と後悔。
車両はグリーン車付きの183系9両。JR東日本の純正183系の中で唯一のロザ付き編成である、幕張区の「C編成」とか呼ばれたりする編成が使用されている。
一見すると昔の「あずさ」だが、転用になって余った元「あずさ」「あさま」の183-1000、189のクハとサロと、房総用0番台のモハを組み合わせた編成で、中央/青梅ライナーや波動用として配置。千葉の幕張所属だが千葉県内の営業列車はほぼ存在しない、という変な編成。ほぼ車庫とメンテの関係で幕張に配置されているだけと言ってもいい。
座席は元グレードアップ車1号車を除いて基本的にR51とその改良版、シートピッチも狭い。グレードアップ者の1号車はレディースカーなので男はR51で確定。シートピッチが狭い上に、暖房があって足を伸ばせない。
しかし、R51なんかすげー久しぶりに座ったなぁ。東海道でサロ110-1200に乗って以来かなぁ。
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「特急あずさの新宿〜高尾間は中央特快と平行ダイヤ」という話をどっかで聞いて、個人的にすごく衝撃的だったのだが、ムーンライト信州はさらに遅く、通常の快速と平行ダイヤっぽい感じ。ノロノロ。大学(東小金井)まででも遠い。
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今回の旅の最大の目的はこのムーンライト信州に乗って「座席夜行で寝れるか」どうかを調べることだったのだが、結果を言えば「ほとんど眠れなかった」。うつろうつろ、という感じで時間は過ぎ。4時過ぎに塩尻で10分間停車した時点で完全に目が覚めてしまった。
正直、このシートピッチで隣に見ず知らずの他人が座っているのはちょっとツラい。防犯を考えると、下手に荷物を網棚に乗せられないのも地味に辛い。暖房で足が伸ばせないのは致命的につらい。
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塩尻での1枚。10分停車なので客は結構外に出ている。午前4時だが、普通車の明かりは付いたまま。ムーンライト信州はグリーン車以外は減光されず、明るいままである。できればアイマスクを用意した方が良い。
あと30分もたたないうちに松本に着いて大量に人が降りることが予想されたので、隣で人が寝ている指定券で決められた席ではなく、人が降りて空いている席をねらうことに。
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松本に着くまでの間は洗面所で顔を洗ったり、トイレ(グリーン車のトイレは洋式だった)に行ったりして時間をつぶす。
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車内はこんな感じでレトロ…博物館に展示されてもおかしくないボロさ。ハイカーの大荷物がいくつか見えます。
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松本を過ぎて大糸線に入ってからは人がいなくなった座席に座り、靴下を履き替えたり、夜明けの景色を眺めたりして、終点の白馬ではなく信濃大町で途中下車。
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駅前を歩き回って写真を撮ったり、綺麗な空気を吸って時間を潰す。
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北アルプスへのバスを待つ登山客の横で残っていたポッキーを食べつつ一休み。腹は減っているもののまだ我慢。
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1本快速列車を見送り、各駅停車の始発で南小谷へ向かう。昔、大糸線と言えばまだ冷房なしだった冷房準備車の115系に乗った記憶があるが、E127系になってからは始めて。
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ここからはちょうど景色が良くなるところなので空いている電車でゆっくり景色を眺めよう、という発想である。
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この作戦は大当たりで、他の客がほとんどいない状態で大糸線の一番景色のいい部分を楽しむことができた。
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その代わり、大糸線の非電化部分、南小谷からのキハ52単行での着席は当然無理。座るために先の電車でやってきた先客たちが既に並んでいた。55分間立って我慢すればいいことなので、ここは諦める。間に合う最後の電車で南小谷についたのだが、それでも乗り継ぎ時間はかなり余るので、周りを歩いて暇を潰す。
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川沿いに植えられていた花が綺麗でした。すがすがしい高原の朝だった。
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この区間、昔来たときはキハ58の2両編成(電源を供給できないので当然冷房なし)だったのだが、災害でやられてからはキハ52の単行へとグレードダウンしてしまった(エンジンが静かになっていたり、(一応)冷房が付いているという点ではグレードアップしているが)。
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景色についても災害復旧で大きく様変わり、昔のようなのどかなローカル線の雰囲気はかなり損なわれてしまっている。
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定刻通り、8時50分に糸魚川到着。車庫には首都圏色のキハ52が止まっていた。レンガ造りの車庫も健在。
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ここからは北陸本線で直江津方面へ。
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車両は「食パン」こと元583の419。時がとまったように昔から変わっていない。いつまでこのまま使われるのか。
乗り換え時間は9分。その間に改札を出て朝食をゲット。北陸といえばコレ、ます寿司(ハーフサイズ)。
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列車は糸魚川を過ぎるとすぐに交直流デッドセクションを通過。降りるとか言っていた筒石は結局降りず。窓を開けて写真だけを撮り、そのまま直江津へ(一瞬降りて写真を撮ればよかった…)。
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筒石での一枚。本当にトンネルの中にただ止まっているだけ、という感じの駅。写真に写ってしまった男の人。カメラはおそらくサイバーショットPシリーズだと思われれるが、ブレずに撮れたのだろうか。筒石はちゃんと駅員もいて、列車もそれなりにあるので、訪問しやすいトンネル駅だと思った。次回は降りよう。
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直江津からは4分の乗り換えで快速くびきの3号に乗って長岡方面へ。車両は485系4両。しかも旧「白鳥」用として使われていたグレードアップ編成の生き残り。ハイデッカー、ルーバータイプの間接照明、フットレスト付きのR55系シート…という下手な特急もびっくりの超豪華仕様。「白鳥」時代に乗った記憶がある。
非常に混んでいたがなんとか席をゲット。走りはややガタが来ているようにも感じたが、座席も含めて非常に快適。睡魔がおそってきたが、30分ほど乗車し柏崎で途中下車。
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乗るときは座るのに必死で写真を撮れなかったので柏崎で降りるときに撮影。北海道も走った1500番台である。
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柏崎では逆方向の列車を待つ。柏崎の街はやはり寂れていた。
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柏崎から逆戻りして青海川を目指す。
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車輌のバラエティに富んでいたこれまでとは違い、ここからはひたすら115系(しかも中途半端に状態のいい新しい車輌)、という非常につまらない旅となる。
青海川は柏崎から直江津方面の列車と、直江津から柏崎方面の列車の到着時刻の違いを利用した訪問で、青海川の滞在時間はわずか6分。ちょっと写真を撮っておしまい。しかも先に来ていた同業者が写ってしまった。
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でも、行ってみたら天気が微妙で、あんまりいいところではなく、海が近いありがちな駅だったので写真を撮るだけで充分だった。
青海川から長岡行きの各駅停車に乗り、終点の長岡まで。車輌的には面白くないが、とにかく空いていてのんびりしていた。この列車の中で昼食を食べ、長岡からは上越線で東京を目指す。ちなみにまだ昼。東京までは新幹線なら2時間程度である。
とりあえず30分ほどの待ち時間でやってきた越後湯沢行きに乗る。うつろうつろしながら乗っていたら、途中の五日町という駅で間違えて降りてしまった。本当は六日町で降りて、そこからちょっと北越急行の車両に乗り、越後湯沢で後から来る水上行きの列車に乗る予定だったのだが、駅の案内板を見て勘違いしてしまった。
そんなわけで五日町から水上行きの列車に乗ることになったのだが、その列車までの待ち時間は1時間以上。駅の回りには店はほとんどない。人も全然いない。景色は普通の田舎。千葉の都会で生まれ育った人間にとってはこれはこれで貴重な風景。条件としては微妙な場所だったが、とにかく人がいないためまったりと過ごすことができた。
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水上行きの列車に乗り込むと、そのまま上越国境を越える。土合は降りても3時間時間を潰すのがつらすぎるので諦め。この駅を電車で訪問するのは辛いなぁ…。ループ線を下り、しばらくすると水上に到着。
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上越色から湘南色の115系へ乗り換え。
水上からそのまま高崎まで行って、高崎で暇を潰そうと思っていたのだが、途中の渋川駅で面白いものを発見。
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なんと蒸気機関車の試運転に遭遇。ホームにいた人間は少数。近くでゆっくりと蒸気機関車の雄志を拝むことができた。しばらくすると蒸気機関車は轟音とも言える警笛を鳴らし、ホームを後にしていった。
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次の列車で高崎へ向かう。
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高崎では結構暗くなっていたものの、何枚か車輌を撮影。107とか、乗ってみたいなぁ。
高崎で夕食を調達し、あとはグリーン車で高崎線を新宿方面(湘南新宿ライン)へ向かう。
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そのまま何故か横浜まで乗車(眠かったし、非常に快適だったので…)。横浜から横須賀線で帰宅した。
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行程中の写真の撮影枚数は約370枚。途中でムービー撮影などもしたため、512MBと256MBのSDカードが一杯になった。
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座席夜行はかなり辛かったが、個人的には楽しめた。お金も大してかかってない。18切符一回分の代金、ムーンライト信州の指定席、最後のグリーン車代、さらに途中の飯や飲み物も含めて全部で7000円弱くらいである。
ただ、有名な名所には本当にどこにも行かなかったので、根本的に電車に乗るのが好きだからできる旅、だったと言える。
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次行くとしたら、なんとか筒石は訪問したい、それとできれば上越以外のルートで帰ってきたい、もう少しゆっくりして、空いてる列車を楽しみたい、と思った。
投稿者 saburahu : 2005年09月20日 01:35 | トラックバック