2006年02月15日(水)

「進路の決め方」

ここのところ、都心に行けば着慣れないスーツを着た就職中の学生をとにかくよく見るし、研究室に行けば進路だ就職だ、という話ばかりです(そういう自分も今日は就職先の健康診断とか受けてたわけですが)。

春ですね。

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さて、自分は基本的に進路的なものは直感とその場の流れに合わせて適当に決めてきたのですが、案外失敗してません。

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高校はまあ、中学時代の成績が良かったので順当に決まったのですが、大学でコンピュータ系に進むことに決めたのは「コンピュータを弄るのが楽しかったから」という適当なものでした。弄ると言っても、ソフトを入れて遊ぶとかそういう程度で、プログラムの経験はゼロ。情報系の学科ではプログラムについて勉強する、という程度の認識は持っていましたが、大学に入ってから勉強すればいいと考えていました。

今から3年前、今の研究室を決めた理由も「PDAみたいな小型のコンピュータを研究で扱っているところらしい、楽しそう」という程度のものでした。学生生活の中で趣味でプログラムを書いた経験があったわけでもなかったし(今もプログラムを書く能力には自信がありません)、うちの研究室で扱っているシステムソフトウェアという分野に興味があったわけでもありませんでした。

そして去年の就職活動時も、研究で扱っていた携帯電話に深く関わるよりも家電とかの方が楽しそう、という理由で電機メーカーを選びました。ESにはこの日記で培った知識を生かしていろいろと夢を語ったのですが、じゃあ自分がその企業の中でどういうことができるのか、ということまではあまり考えていなくて、情報家電のソフトウェア開発とかやれればいいなぁ…という程度でした。ちなみに、携帯電話系やSIerも受けましたが、基本的には面接などの訓練を目的としていたので、あまり行く気がありませんでした。

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このように、人生のどの転機においても、その進路自体はほとんど悩むことも深く考えることもなく直感で決めてきました。そのため、周りが進路を「選ぶ」ことについて結構真剣に考えているのを見ると、真剣に考えてるなぁ…と感心してしまいますし、自分はこんな適当でいいのかなぁ…と思ってしまいます。

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でも、今改めて考えてみるとこういう風にも思うんですよねぇ。

自分は、意志をはっきりと他人に示したり自覚したりすることはなかったけど、知らず知らずのうちに真剣に考え、その上で答えを出してきたのかもなぁ…と。

自分では適当に決めたかのように感じてるけど、実際はそうではなくて、「悩む」というプロセスがすっ飛んでるだけで、「考える」ことはちゃんと人並にやってきたんじゃないか、だからこそ、自分がしてきた選択を「間違ってない」と言えるんだ…と。

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「進路」については人の言うとおりにやって失敗しても誰も責任を取ってくれません。

また、他人に相談するのは自分にとって都合のいいことを言って励ましてもらうためにするものなので、人生の転機、みたいなものをあんまり人に相談しすぎると真っ当な選択ができなくなるのかもしれません。

そう考えると、自分のやり方は間違ってなかったのかも、と思います。

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ただ、自分が選んだ「選択」に対して、自分が想定していた以上の結果が出ているのはちょっと不思議です。自分はツイてるのかなぁ…と常に思ってます。

まあ、欲がなさ過ぎるのかもしれないんですけど。

投稿者 saburahu : 2006年02月15日 23:20 | トラックバック
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