久しぶりにこっちにも載せてみます。
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演奏会の感想です。死ぬほど長いです。そして関係者しかわからないです。
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なんつーか、大学・大学院の6年間ずっとサークルと接点を持ち続けていて、常に「学生の合唱団とは」っていうことを頭の片隅に置いていたはずなんですが、この3ヶ月間でサクッと吹っ飛んでました。その辺は普通に反省。
この3ヶ月間もちまちま顔を出していたんですが、去年までのように首を突っ込むことは全くなかったので、仕方ない…と思いたい。
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<1ステ>
学生の合唱団において技術面で一番重要な役割を持つのはパートリーダーだと思う。楽譜を「読み(≒解釈し)」、音楽的な基礎を作るのはパートリーダー。学指揮や常任指揮者はパートリーダーが出してきたものに対して口を出して整えていく。こうやって音楽を作っていくのが理想的(効率的?)なプロセスだと思う。
とはいえ、うちくらいの人数だとそこまで出来るパートリーダーの人材というのは各パートに揃うものでもないし、パートリーダーを育成するようなシステムもまだない。そうなると指揮者は非効率であっても自分で全体をトレーニングしていくか、諦めて違う表現方法で攻めるか、という選択を迫られる(と思っている)。
今年の学指揮は前者の方を選択したと思われる。そして、難しいあの曲をあそこまで仕上げた今年の学生指揮者は「すげー」と思った。リハーサルから1週間でヤバい音がかなり直っていたのには驚いた。
演奏を単なる観客として聴いていると、あまりにもサラッと流れてしまうので「んで何が言いたいの?」と思ったのも事実だけど、今回をステップとして冬には彼らしさ、を感じる音楽が聴けるでしょ。
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<2ステ>
音は結構綺麗だったので、音楽的にもっと言葉が飛んできたらいいなぁ…と思ったんだけど、曲が鈴木輝昭だもん、そんなのできる合唱団なんて日本に数個しかないよなぁ(と軽く煽ってみる)。演奏についていうと、1ステと同じような印象。うまいけど、もう一息なんか欲しい感じ。
個人的にはせっかくOG揃えてオールスター軍団で演奏やるんだから、もっとそれをアピールしても良かったと思うんだけどなぁ。はっきり言って男声なんかずっと下手くそで、女声の方が技術的に頑張ってた。(少なくとも僕が入ってからは)男声と女声の両方があって「農工グリー」が成り立っていると思うし、それはこれからも変わらない。だから、こういうときは前面に出て良かった(3ステ女声でいいじゃん、ってこと)んじゃないか…って考えてたんだけど、今の現役の意識はやっぱり違うのかな。
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<3ステ>
リハーサルで聞いたときは妙な緊張感というか、危険だけど絶妙なバランスみたいなのが保たれていて「いいなぁ」と思ってたんだけど、本番ではそのバランスが崩れた。客が入って音が響かなくなるのとはちょっと違う「疲れ」のようなものをベースから感じ、それをトップテナーが強引に引っ張っているように聞こえてしまった。
実際は「トップテナーが暴走してた」みたいなことも聞いたけど、一応トップとベースの両方をやったことある人間として冷静に考えてみるとそれは違うんじゃないかなぁ…と思う。トップテノールは何があっても自分が一番目立ち、さらにメロディが美しく客に伝わるように朗々と歌うのが仕事だ。逆にベースはトップテノールのパワーを負けない声量とピッチの安定度でハーモニーを支えなくてはいけない。
トップテノールとベースがお互いに精一杯の力で引っ張り合い、均衡が保たれている状態が男声合唱的には美しいと思うのだが、どっちかが負けてる状態ではやっぱり物足りない音楽になる。均衡を保つためには、やっぱ買ってる方が力を弱めるんじゃなくて、負けてる方がもっと頑張るべき、って考える方が建設的だ。
そうなると、ベースがいつも通りやってて、トップだけが飛ばしてるように聞こえた今回の場合、ベースが頑張って欲しかったなぁ…と思う。
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なお、わかっているとは思うけど、この感想はただのOBの戯れ言なので、その辺はよろしく。
サークルでは1回目の卒業時か、入学から4年経つか、そのどちらかが来た時点で追い出される(留年する、もしくは獣医学科の場合は後者になる)というのが基本なので僕は学部卒業時に卒団済み。客として後輩が追い出されるのを見てきました。
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追い出される後輩が有志曲の1曲として自分が学指揮のときに振った曲(「風の詩集/吉岡弘行」より「風のまち」)を歌ってました。久しぶりに聞いた。歌ったのは1年生の時のはずで(短大生ははじめてのはず)、それを「もう一度歌いたい」と思ってくれたのだとしたら嬉しい。
小難しいことを考えずに歌えるいい曲だよなぁ。
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自分は学部卒業時に追い出されたので卒団=人生の転機ではなかったんですけど(むしろ今が転機)、追い出しコンパはサークルの運営について「責任」が全くなくなるっていう意味ではなかなか大きなイベントでした。
うちのサークルは、「新入生(1年)→実務経験(2年)→運営(3年)」という流れが基本です。
なので4年になれば仕事はなくなってしまうんですけど、4年生になってサークルの中心学年を後輩に譲ってからも後輩達がちゃんとやってるか、ということについて、その後輩を指導した学年としての責任ってのが残ります。中心学年に問題があった場合には、4年生が動かなくてはいけないこともあるわけです。
でも、4年目を過ぎてしまうと完全に運営にノータッチ、というのが基本になります。サークルに顔を出し、口を出したとしてもそれは「うるさいOBの文句」や「参考意見」…みたいなものになるわけです。
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これをどう思うかは人によってそれぞれですが、僕は「やっと終わったんだ」と肩の荷が降りた気がしました。後輩の心配をせずに参加するサークルというのは新鮮で楽しいです。苦労している中心学年には悪いけど。
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しかし、自分が振ってたときの新入生が卒団なんだなぁ。正直なところ、その下は顔と名前と学年の一致が怪しくなってます。こうして人は年を取っていくのでしょう。
すっかり忘れていた作業をいまさら開始。必要なアプリを入れていなかったので「面倒くせー」と放っておいたらいつの間にか忘れてました。
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んで、後輩の作ったMIDIを聞いていて思い出しました。
MIDIの作り方。
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僕は高校時代、楽譜を読むのが遅く(今も遅いけど)、リズム感に自信がありませんでした(こっちはある程度克服)。
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選曲については高校時代には木下牧子のエラく音が難しい曲が1ステ、2ステに動きのある曲をやり、3曲目には荻久保和明、さらにフィナーレと称して難しめの曲を1曲…なんて感じでした。音取りの時間は今と比べるとたっぷりありましたが、パートの音が取れていないとパートリーダーとしてのプライドが傷つけられることになるので、難しそうな曲はMIDIを作って自分の音を取っていました。大学に入ってからも単声のアカペラ曲のMIDIは何曲か作りました。
ピアノ付きのMIDIはさすがに作ったことがないのですが、そんな経験による自分なりのMIDIの作り方の工夫を書いてみます。
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1.ドラムパートを使ってリズムを取りやすくする
拍に合わせてパーカッションを入れて音を鳴らし、縦のラインをわかりやすくする。さらに、拍子の表と裏で音色を変える(3拍子の1拍目と2・3拍目の音色を違う物にしたりするわけです)、などの工夫によって拍だけでなく拍子も音で認識できるようにする。
2.ritは無視、フェルマータは2倍、などリズムの変化は控えめで機械的にする
ritやフェルマータの解釈は指揮者によって大きく異なるので、MIDIを繰り返し聞くことによる癖の原因となるような特徴的なリズムの変化は付けない。
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ディビジョンは全部別のパートに分ける(そうしないとディビジョン部分の音が取れません)、別パートにした場合は音の強さを調節して特定のパートの音が強くならないように気をつける、楽譜を見ながら間違いがないかを確認する、なんてことも基本ですな。
歌のパートの楽器はサックスとか、音の出が早く、音色が明るい楽器にしてた気がします。
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音取りが苦手な人にとってMIDIは非常に便利なものでありますが、常に「癖」という副作用の問題がつきまといます。
二番目の工夫は変な癖を作らないためのものではあるんですが、この通りに作っても癖はある程度出てしまいます。自分の場合、リズムと音を正確に取るという面でritやフェルマータは邪魔なのですが、リズム感が怪しい初心者の場合、機械的なリズムの変化に対応できず、帳尻を合わせるために変なリズムになるということが起きてしまいます。
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また、MIDIの音は決して理想とする音ではありません。
所詮決められたピッチでしか音を鳴らせないMIDIでは、無段階に音を調整できる人の声(楽器で言うとバイオリンみたいな弦楽器とかトロンボーンとかがそうですね)ならではのハモりとか、メロディを取りやすくするための微妙なピッチの調整とか、そういったものは表現できません(死ぬ気でMIDI作ればできるかもしれないけど)。
そのため、楽譜通りに間違いなく作った場合でも、何度聞いてもしっくり来ない音が出てきます。そして、大抵そういう音はMIDIを何度聞いても取れません。
たぶん、MIDIでは作り出せない微妙なピッチの変化を付けないとたぶん取れないのだと思います。個人的な印象として、楽譜上の90%の音を正確に取るためにはMIDIは有効ですが、楽譜上の95%以上の音を正確に取る場合においてMIDIは無力だと思います。
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MIDIを作るのにはそれなりの労力がかかるわけですが、MIDIは結局はリズムを正確に取ることと、楽譜上の90%の音を取る、という力しか持っていません。まあ、僕はそれがわかっていても音取りが苦手な後輩とかのために一生懸命作ってたんですけど、MIDIを聞いてる方は意外とわかってないかもしれません。
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音取りが超大変な難曲のメロディの美しさとか、ハイテンポで変拍子でリズムが泣きたくなるような曲の楽しさとかはMIDI聞いて音を取ってるだけじゃわからないのです!
最終的には歌って音を取れ!ってことですな。
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これ、ピアノをじゃらじゃら弾いてるだけでしっかりと歌って音を取ったことない人にも言えるんだよなぁ。ピアノを何度も機械的に弾いて、一緒に何度も歌って、ずっと「音が取れない」って言ってる。機械じゃないんだからそれじゃ取れません、って。
全員というわけではありませんが、ピアノを弾ける人が合唱をはじめるとよくこの状態に陥ります。
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さらに言うと、ピアノにはブレスという概念がないので、そういう人に音取りのピアノを弾いてもらうとブレスやアタックを考えない弾き方にもなりがち。休符やブレスもリズムの中に取り入れて音を取っていかないと歌というのは上手に歌えないのですが、本人はそう歌っていないからわからない。これも結構歌いにくい。
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学指揮時代、ピアノはうまいけど歌はうまくない人にピアノを弾いてもらったとき、みんながわかってない音を弾くタイミングを後ろにずらされたときは楽譜ぶん投げようかと思ったね。
「馬鹿か!」と。
「みんなわかってないんだから歌い出す前にその音弾いてくれなきゃ練習にならねぇじゃねぇか!」と。
「てめぇが他の団員の音があってるかどうかを確認してどうする!おまえ何様だ!」と。
ちなみに、それをやられた翌週からその人には出来る限りピアノを弾いてもらわないことにしたのはもちろんのことです。
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でも、歌がうまい人に音取りのピアノを弾いてもらうと、すごく歌いやすい弾き方をしてくれるんだよなぁ。前後の子音やブレスのタイミングによって音の長さを変えてたり、わからない音は微妙に弾くタイミングを早くしてくれたりする。きっと無意識にやってるんだろうけど、なんか歌いやすいから不思議。
だから、本当はパートリーダーは歌を上手に歌える人がなるべきだし、そういう人が一生懸命ピアノを練習して音取りをやってくれるのが理想。実際はなかなか理想通りには行かないけど、MIDIみたいな弾き方のピアノで音を確認するだけなら音取りの時間なんて無駄、MIDIで充分なんだ。
合宿中に現役が言ってました。
「うちの団は楽しく歌えればいいサークルなのか、もう少し音楽的になんとかしたいという意志があるサークルなのか。」
この質問に対して多くの先輩やOBは「人によって考え方が違うから…」と答えたそうです。
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僕は敢えて、うちの団は前者である、と言い切ってみます。うちの団は後者を名乗るには練習量が少なすぎますし、楽しく歌えればいいと思っている人をしっかりと受け入れる体制もあります。だから前者です。
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そういえば、自分も現役のときにこの問題に悩んだような気がします。このサークルに残るべきか、やめるべきか、ということも考えました。
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僕が出した答えは「もっと楽しく歌いたいから、(合唱団全体を)もっと上手くするんだ」というものでした。「上手に歌えた方が楽しい」…この感覚は楽しく歌えればいいと思っている人も同じはず、ならば「上手くなるために努力をする」ということと「楽しく歌えればいい」という目標は対立するものではないと思ったのです。
つまり、現状で満足している人も、強引に引っ張っていって最終的に今より少しでも上手な演奏を経験できれば、努力をしようと考えてくれるんじゃないか。そう考えて僕は常にそのときのサークルの中で出来ることをやってきました。
その努力は後輩だけでなく、先輩やOBOGに対しても向けられました。だから、自分にとって先輩やOBOGとの対立は最初から避けられないものだとわかっていました。
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僕の考え方が正しいかどうかはわかりませんが、この考え方でやったことに対して常に一定の手応えを感じてきました。「楽しく歌えればいい」という人たちがいる中で、もっとうまくなろう、もっと良くしようと努力することは決して無駄ではない。それは保証します。
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実は、現在参加しているOBOGの中にも「楽しく歌えればいい」と思っている人はいます。現役もOBOGも、人によって意識が違うという面では一緒です(現役はそう思ってないと思うけど)。そして、そういうOBOGに対しても、もっといい演奏を体験させ、もっと努力しようと考えてもらうことは必要だと思います。
4年生になって以降、自分が足を引っ張らない程度に練習に出れる場合のみ、僕はステージに立ってきましたが、社会人になってからこのスタンスで続けることはないような気がします。僕が社会人になったあと、OBとしてサークルに参加することがあるとしたら、もう一度「楽しく歌えればいい」と思っている人の意識を変える、という覚悟をしたときなんだと思います。
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合宿に行って感じたんですが、やっぱりサークルに遊びに行くと無条件に楽しいんですよ。でも、ただ楽しむだけじゃ現役に対して失礼だと思うんです。だから、関わる以上は自分がもらったもの以上のものを常にサークルに対して与えていきたい。
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楽しませてもらうためにサークルと関わるのは嫌。
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そんなことを考えながら過ごした合宿でした。
途中雨も降りましたが、基本的には天気に恵まれ、気持ちよく過ごせました。納会を前にして喉はやられてましたが、なんとか楽しく歌えました。
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とりあえず今年のベースには期待できそうな感じ。落ち目のテナーを追い抜き、孤高の存在として頑張っていただきたい。
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逆にテノールには不安を覚えました。
OBに依存をしている印象が拭えないし、そのOBも、今のやり方では正直言ってテノールを良い方向に持って行けるとは思えません。現役はOBに甘えっぱなしで責任感が足りない。
逆にOBはその状況に甘えて自分のたちに都合のいいようにやっている気がする。過去にテナーのパトリをやり、今はOBとなっている人を後輩として指導する立場にあった僕や、現在練習に参加しているテノールのOBにはこの問題を考え、解決していく責任があるんじゃないか、と思いました。今の関係は、OBが甘えを許したから出来たものなので、OBの側が明確な意志を持って動かないと解決しない気がします。
僕がパトリとして目指したものって、一番元気で馬鹿なことをやるけど、一番練習に対してまじめで真摯に取り組むパートってつもりだったんだけど、近頃は態度やテンションばかりで技術的な面がいまいち。パートとして、態度や行動(高すぎるテンションとか)だけでなく、技術的にも孤高の存在であって欲しい。
ベースのノリがテノールのノリに似てきて、技術的な面でもやる気を出してきているのに対して、このままではテノールはただ五月蠅いだけのパートになりかねない。
…。
今年か来年、もしサークルに関わることができるとしたら、できればテノールをやりたい。人数比的にはテノールは数が足りてるんですけど。
でも、現役時代からこうやってサークル組織の中で生きてきたんだな。
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例のごとく、僕は詳しいことを知らないので斜め45度上の見当違いの方向を見ながら適当に書きますが、まあ「言うだけでやらないヤツ」と「言うことは言うけどちゃんとやるヤツ」の差は天と地ほどあるわけです。
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文句を言うのは無能なアホでもできる。問題に気づくことは簡単でも、それを解決することはその100倍難しい。
異端なヤツは潰される。でも、そいつの言ってることが正しいかどうか間違っているかどうかは試してみるまで誰にもわからない。4つ年上でも、10歳年上でも、たぶんわからない。
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文句を言うだけの無能なアホで終わるか、結果はどうであれカタチにする努力をするか、分かれ目はそこにある。さらに言うと、その努力をするだけの価値があるか、って問題もあるんだが、それを言うんだったらもっと潔い行動に移るべきだよな(理想がどうであれ、うちのサークルは少なくともオレが入って以降、今のスタイルでずっと続いてるんだし)。
そうでなくてうじうじ文句を裏で言ってるのは、大多数の人にとって不愉快。
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でもなぁ、他人がどうこうってことばかり言ってて、さらに同期にあーだこーだ言われるくらいで腐る程度じゃダメかー。
たまたま練習に来たOBに文句を言われて落ち込んでも、2時間後には「いきなり来てなんだあの態度は!あのOBムカつくな!」と本気で怒りを覚えたり、OB相手に怒りにまかせて説教してみたりするくらいのパワーがないと無理か。
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うーむ、実につまらん話だ。なんかやらかしてくれると期待してたんだがね。
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しかし、半年くらいまともに歌ってなくて、すげー久しぶりに歌ったんだが、感覚を全て忘れてる。
こうして人は歌から離れていくんだろうか、とか思ってしまった。うーむ。
番組ナビゲータのキーワード検索でたまたまひっかかってたので録画した、「挑戦!合唱ドリームチーム 〜第72回NHK全国学校音楽コンクール・全国コンクールから〜」という番組を見た。
…。
これはNHK全国学校音楽コンクール・全国コンクール・スペシャルステージを抜粋した番組。
内容は小学校、中学校、高校、それぞれにおいて全国コンクールの出場校から6〜7人の生徒を抜き出し、60〜70人の合唱団をその場で作り、有名な合唱指揮者が15分間指導して演奏する、というもの。小学校の部は曲が「いつも何度でも」で指揮者は古橋富士雄さん、中学校の部は「JUPITER」で松下耕さん、高校の部は「瞳をとじて」で清水敬一さんだった(松下耕がかなり若くてびっくり)。
…。
なんといっても全国コンクール出場校、音取りも「15分」の指導の前にきっちり行われているので文句なしに上手いわけだが、小学校・中学校・高校それぞれの指導内容の違いがなかなか興味深かった。
自分の感覚として、小学校が子音や母音の処理方法やブレスのタイミングなどの基本的なことがメイン、中学校はポップス的な音楽をどう歌い、それを通してどうやって歌に感情を込めていくかという感じ、高校では曲全体の構造や音楽を解釈し、その流れを意識して歌うこと、が重視されていたような気がした。
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子音や母音の処理方法やブレスのタイミングって、高校の合唱部だったか、それより前にどっかで習ったような気がするなぁ。大学に入ってからはそういう記憶ないけど、それでええのんかな。
下には変なことが書いてありますが、気を取り直していきましょう。
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サークルの演奏会に、ヘルパー(ステージの上手側のドアを開ける人)として言ってきました。
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今年はサークルの活動にはほとんど参加していないので、あくまで蚊帳の外で見ていた人として感想などを好き勝手に書かせていただきます。
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まずは演奏会の感想。
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上手側のドアマン、と言ってもずっとそこにいるのは寂しすぎるので、演奏中はほとんど舞台監督がいる下手入り口付近にいました。
舞台監督の操作卓にはモニター用のスピーカーが付いていて、それからはホールトーンがほとんど入っていない音が出てきます。それを聴いてると結構いろいろとミスってることがわかりました。ただ、ステージ終了間際になって、ステージから出てくる団員を迎えるために上手側に回ってみると、非常に綺麗にホールに響いている様子が聞こえてきました。
おそらく、お客さんが聴いていたのは僕が上手側にいたときに聞こえた音なんでしょう。基本的にはピッチが一定水準以上で響いてさえいれば、多少のミスは隠してくれるいいホールですし、そのレベルに達するだけの努力をした、ということは誇れる素晴らしいことです。
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あと、学生指揮者(学指揮)についての感想を。
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僕は、学指揮には2種類のタイプがあると思います。
1つは指揮者として真っ当な棒の振り方を優先するタイプ、もう1つは楽譜を解釈して自分の頭の中で作った音楽を優先するタイプです。
ステージに立った演奏者や本人がどう思っているのかはわかりませんが、今年の学指揮は明らかに後者のタイプでした。
本番では、リハーサルやゲネプロよりも明らかに長く、息のギリギリまで延びる音をひっぱり、音楽的な「間」もかなり長く取っていました。それは、まるで学指揮の彼が普段ソロで歌うときのような音楽が全編に渡って展開しているような印象を受けました。
後者のタイプは指揮が見にくいとかいろいろ言われがちなので大変だったことが予想されますが、最終的には彼の頭の中で作られた音楽をしっかり表現することができていて、非常に良かったなぁ、と思いました。
そして、素晴らしい演奏でした。お疲れさま。
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それと、打ち上げの2次会。あいにくの寒さのため朝までいるのは辛かったのですが、非常に手の込んだ準備のされた、いい2次会でした。
4年会の皆様、お疲れさまでした。
でも、レセプションに出れずに準備に行く、っていう悪しき伝統は直せないんですね。やっぱり、後輩たちがどういう風に賞賛を受けたのか、それを見たいのが先輩ってもんじゃない?
僕は「体調不良」っていう理由を付けて見ちゃったけど。
噂によると、来年の中心学年は仲があまりよろしくないようです。
お互い陰口をたたき合っているようなので、その点で「どっちが悪い」ってのはなしかなぁ…と思います。やってることも、総合的に見たらどっちもどっちな感じです。
過去の豊富な経験からの助言ですが、こういうときは下手に周りの人が「そういうことを言っちゃいけないよ」ってなことを言わない方がいいと思います。
そんなもん、傍観者の自己満足に過ぎません。かえってお互いの意地を張らせる結果となり、問題を悪化させるだけですから。
…。
ただ、一つだけ言えることは、ステージ上での優劣では明らかに決着がついてるかな…と思います。
一部例外もありますが、音楽的に合唱団をいい方向に向けて引っぱれている方と、努力をしているつもりでも結局は足を引っ張っている方、こう分かれている印象を受けます。そこは、足を引っ張ってる方が謙虚になって努力をしないと、いけないと思います。
そのために必要な客観的な評価は、やっぱり先輩やOBOGが責任を持って判断して、介入してもいいんじゃないか、と思います。やるのは勇気がいると思いますが、必要なことだと僕は考えます。
…。
「だって、おまえ、発声悪くてピッチ下がってんだもん。」
合唱団全体に影響を与える仲違いの原因というのは、案外こういうところからはじまっているのかもしれませんよ。
…。
過去の「豊富」な経験からすれば、言えることはもっとたくさんあるのですが、今日はこの辺で。
明日はサークルの演奏会です。
普通に客として見に行くつもりだったのですが、リハーサルを見に行ったら雑用を頼まれました。舞台監督の指示でステージの上手側の扉を開けたり閉めたりするようです。
まあ、演奏者に悔いの残らない演奏会にしてただきたいものです。
学園祭最終日、というわけで農学部まで後輩の発表を聴きに行ってきました。
…。
工学部の学園祭、今年はかの有名な「生協の白石さん」とお笑いライブでやってきたインパルスのおかげで結構盛況だったらしいです。工学部の方はかなり金をかけたのかも。
逆に、農学部の学園祭は例年に比べて人が少なかった気がします。
…。
さて発表の感想ですが、僕が入学して6年目にして初めて「男声合唱やってるなぁ」という演奏を聴けた気がします。これまでは「頑張ってるなぁ」という感じでしたが、今日はちゃんと男声合唱してました。男声合唱ってのはやっぱりベースに迫力があってなんぼだなぁ、と思いました。ベースの人たちは非常に素晴らしかったので、この調子で精進し続けていただきたい!
女声合唱はよく練習やってるなぁ、と感心しましたが、やや紙一重な印象も。上手い曲は本当に素晴らしいけど、ちょっと音が外れると途端にハモらない。その差をすごく感じた。ここが女声合唱の難しさ、なんでしょうねぇ。
…。
ハーモニーとしては非常に気持ちよく聴けたのですが、全体的にリズム感がないところは気になりました(特に男声)。
とはいえ、うちのサークルは僕が知ってる限りでリズム感が良かったことなんかないので、今の現役が特に悪い、というわけではありません。先輩方もリズム感はあまり良くなくて、勢いで乗り切ってた印象。
…。
「個人的な趣味」としては勢いで乗り切るのは好きではないので、なんとかリズム感を改善できないものかなぁ…と現役時代、OBになってからもずっと考えていたんですが、やっと自分なりの「答え」みたいなものができた気がします。
リズム感があるかないか、というのは基本的にどれだけ視野を広く持って楽譜を見れるか、というのが基本だと思います。
コンピュータサイエンスで例えると、馬鹿正直なインタープリターじゃいけない。楽譜をその場その場で追っていくのではなく、楽譜に書かれている音楽的な情報を出来る限り先読みして、次の音楽の展開を常に頭に入れながら歌うことが重要。
もう少ししたらテンポが遅くなるからそれまではダレないようにするとか、この先でデクレシェンドがあるから絶対に弱くならないようにするとか、常に先のフレーズ(できれば曲全体)のことを一人一人が意識しながら歌わなければなりません。
指揮者や学指揮が何度指摘しても同じようなミスを繰り返す傾向がありがちなのは、この点を意識してないからなのかもしれません。逆に言うと、全員が曲の展開を意識しつつ指揮者の指摘を聞いていれば、徐々に改善されていく可能性があると思います。
…。
これに付随する技術として、インテンポで歌えるようにする、ってことが案外重要かもしれないなぁ…と最近思ってます。それはブレス(息を吸うこと)をいかにうまくできるかにかかってます。
これ、案外難しいです。
…。
必要なブレスの量は次に自分がどれくらいの長さのフレーズを歌うかで決まります(だから次のフレーズがどれくらいの長さか頭に入ってないといけない)。次のブレスがすぐ近くにあるのに深く吸ってしまうと息が余ってしまいますし、フレーズが長いのならばブレスをしっかり深く行わなければ息が足りなくなってしまいます。ちょうど良い長さのブレスをしなくてはならないのです。
また、深いブレスをするためにはある程度時間がかかりますので、場合によってはブレスをする直前のフレーズを短く切らないと拍の中にブレスが収まらないこともあります。
拍の中にブレスが収まらないとその次のフレーズのテンポが変化してしまいます。アカペラでは指揮者の裁量次第でどうにかなりますが、ピアノ伴奏付きの曲の場合、歌がピアノから遅れてしまうことになります。ただ、アカペラでもブレスによるテンポの変化は聴いてる人に対して音楽的な違和感を与えることが多いように感じます(指揮者の観点からすると、不必要なテンポの変化は抑えたいものです…人によりますが)。
ブレスに対して無頓着だなぁ…というのは僕が入った頃からあるうちの団の傾向でしょう。
…。
さらにいうと、絶対に曲のテンポから遅れないようにするため、音が簡単だろうが難しかろうが同じ長さ、同じ速さで音を移動できるようにすることも重要です。
ピアノでは鍵盤を叩く指や動きが変わっても全く同じ強さで叩けるようにすることを「粒立ちを揃える」と言ったりする、と同期から聞いたことがある気がします(うろ覚え)。ピアノで簡単な旋律を弾いてみるとわかりますが、鍵盤に重みのあるピアノにおいて、鍵盤を親指と小指で常に全く同じ強さで叩くことは簡単ではありません。
これと同じことです。声を出したときに音が取りにくい動きやリズムというのはものすごくたくさんあるわけですが、歌うには難しい音の動きあっても、それによってリズムが影響を受けないようしなければなりません。
…。
これらリズムに関することって、実は「歌がうまく聞こえるかどうか」の大きな決定要因なのではないでしょうか。今のうちの団は「ものすごく綺麗にハモるけど歌はうまいとはいえない」という、なんとも変な状況になっていると思います。
…。
それでも、数年の間にものすごく進歩して、かなりいいところまで来ています。好き勝手に酷いこと書いてますが、ハーモニーの美しさには尊敬すら感じます。自分がもし入ってもハーモニーを崩すだけなんじゃないか、って思うくらい。
そんなわけで、頑張っていただきたい!
…。
ちなみに、この後半の長い文章は今書いたものではなく、「今だからまとめてみたいこと。」のエントリーで書いていたサークルの昔話に書こうとした内容から抜粋したものです。
さすがにこの長さの文章は家に帰ってきて1時間程度では書けません。
本当に小耳に挟んだ程度なので、詳しいことは全然知らないが、理由や動機はどうであれ、やっぱり練習(活動)への参加率が低いってのはまずいかなぁ…と思う。
文句を言いたければ、まず練習にしっかり出てサークルに貢献すべきだ。そうでなければ中心になって活動している人間が報われないし、誰も言葉やメッセージを受け取ってはくれないだろう。
…。
練習を仕切る人間(学指揮?副指揮?)は、どんなに嫌なことがあっても基本的には練習を休むことは許されない。
これが簡単ではないことは、練習をサボった人間が一番わかるはずなんだが…。
しかし、上手くなったもんだなぁ。
昔自分が現役だった頃って「どうしてみんな音取りとピッチが不正確でリズム感がないのか」みたいなことですごく苦しんでた気がするんだが、ピッチに関しては非常に優秀で、難しい曲もなんだかんだでサクッとこなしていたのは驚き。
ただ、ここまで安定した音を聴かされると欲が出ますね。楽譜の指示に反しないならばもっと音楽を弄ってもいいじゃん、と。
昨日は高校の合唱部のOBOG会。先生もやってきて35人くらい集まってた。知らない人がたくさんいたけど楽しく飲めた。
大学のサークル関連でも思うんだけど、こういうコミュニティがあることは幸せだなぁ…と思った。
…。
タイトルについては、参加した人の中に同じ学科の後輩がいて、この日記を読んでいた(今も読んでる?)らしく、さらにはサークルの新歓のイベントにも来ていた…とのこと。サークルは他にやりたいことがあって別のサークルに入ったそうなのだが、世の中の狭さをまたも感じてびっくり(そのとき話をしたような気もしなくもないんだけど…記憶があやふや、覚えてない…すいませんこういう人なので…)。
…。
そして今日は高校の同窓会飲み。夕方からなので部屋の掃除をしてみた。
…。
そういえば3連休だったんだね…全然気づかなかったよ。
演奏会の感想に期待した人がいたのか、昨日は結構アクセスが来てました。
…。
というわけで書きます。
…。
ちなみに、「感想」と言っても客ではなくて演奏者としての感想です。
久しぶりに男声合唱を歌ってきました。
…。
基本は、サークルの掲示板に本名で書いた感想とほぼ同じなんですが、僕は「現代音楽的な難しい曲を歌う」ってのと、「大人数での男声合唱を経験する」ってのが夢だったんです。今回の演奏会は一度でこの2つの夢を同時に実現し、「農工グリーでやり残したことをやり尽くす演奏会」にできたと思います。
…。
うちの団では難解な曲はまず選曲で通りませんし、自分が選曲に関わっていても無理をしてまでやろうとも思いませんでした。
常任指揮者の先生が「25回で委嘱初演をやる」という話をしたとき、実は「どうせやるならとんでもない曲を持ってきて欲しい」という期待をしていたのですが、期待通り、なかなか難解で、大変な曲が出てきました。
でも、実際は魅力的な非常にいい曲でした。
音はすごく難しいんですが、「男声合唱ならではの要素」ってのはしっかり含まれていて、ある程度音が取れてきて、曲が繋がるようになってくると、難しい、我慢して歌う部分と、男声合唱の快感を感じるハーモニーの部分との違いに、快感を感じるようになってくる。
本番の演奏ではこの曲の魅力をしっかりと表現することができたと思います。
まあ、ミスったところはたくさんあるんですけどね…。
…。
2つ目の夢については、入った年が20回の記念演奏会で、1年はOBがたくさん集まった合同ステージに立つことができず、非常に悔しい思いをしたものでした。
今回は合同ステージだけでなく愛唱歌ステージもOBが一緒に歌うことになり、現役時代に少人数で苦労してやった曲を大人数で楽しく、でも決して楽しいだけでなく、さらに、常任指揮者による指揮と解釈で歌うことができました。
なんて言えばいいんでしょうか、僕自身は飲み会的なノリというか、楽しければいいじゃん的なノリ、具体的にいうと楽譜を無視した、歌い手の都合や趣味によってできるritやクレシェンドがついた音楽、というのは好きじゃない、というかはっきりって「嫌い」なんです。
たとえ市販されているCDの有名指揮者の解釈が楽譜を無視していても、自分が演奏に関わるならばそういうものとは違うものにしたい。楽譜はしっかり守って、歌い手の暴走やノリではない部分(例えば、男声合唱ならではのハーモニーの響きや大人数による声の厚み)で男声合唱の良さを表現するような、内にはアツい想いを秘めているけど、音楽的には冷静さを保った、カッコイイ音楽をやりたい。ずっとそう思っていたんです。
自分が現役学生としてステージに立っていたときは結局全然実現できなくて(そもそも人が少なかった)、男声合唱を好きになれない時期もありました。
でも、今回OBの諸先輩方の中で歌うことで、やっと自分が表現したいと思っていたものに近い男声合唱に関わることができて、非常に幸せでした。
…。
これでもう思い残すことはありません。
本番までちょうど1週間。演奏会が行われるホールでのリハーサルである。
…。
委嘱初演のステージのリハーサルはみっちり2時間。1曲ずつ、1回曲を通し、細かい部分を直す…ということを繰り返す。普通に練習…という感じ。現役生の疲労の蓄積などを考慮すれば、ものすごく集中していた、いい練習だった。
ただ、全曲を一気に通すのは本番の当日のゲネプロのみ。まだまだ気は抜けない。
今日は作曲者の方が登場。
「こんな難しい曲を書いたのはどんな人だ」と思っていたが、うーん、見た目がうちの学科の人っぽい感じ。吹奏楽では結構有名な方なのだそうだ。リハーサル(練習)中は客席で聴いていて、一通り済んだところで作曲の意図などを教えていただく。
それなりに曲が見えてきたので「なるほど」と思う。
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その後はアンコールの練習。
例年通り、来年学生指揮者となる学生が振る。最初の晴れ舞台である。ガンバレ。
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さらに愛唱歌ステージの練習。
一部選曲に不満があったりなかったりするという話も聞くが、最近は「全員が歌える愛唱歌」と言えるものがないのである。これは「農工グリー」という組織が大きく変わったところに起因する部分が大きいので仕方のないところである。
その中で、基本的には現役の誰かが一度は歌ったことがある曲を選んだ、とも言える。
全6曲のうち、自分にとっての完全新曲は2曲(ただし、どちらも編曲前の曲は知っている)。混声バージョンしか知らなかったのが1曲。歌ったことがあるのが3曲である。やや無理に選んだ感がある2曲を除けば、個人的には充分「愛唱歌」である。
この歌ったことある3曲については基本的に振ったことがある曲だったりする。指揮は先生だが、自分が学生指揮者時代にやろうとした(≠やった)ことに案外近い音楽になっていて、練習の過程で「同じような内容の指示して、先輩とかに文句言われたなぁ」とか思い出したりした。
学指揮時代の僕にはやりたいことをうまく伝える能力も、自分の作りたい音楽を歌わせる能力もなかった。
まあ、今もないんだけど、自分の頭の中に描いていた音楽がカタチになりかけている、そしてその音楽を演奏する立場にいる、というのはこの上になく嬉しい。
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今回の演奏会を「農工グリーでやり残したことをやり尽くす演奏会」にできればいいなぁ、と思った。やっぱり、グリーの方は悔いが残ったまんま現役時代が終わっちゃったからね。
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このあと、さらに女声ステージ、学生指揮者ステージのリハーサルと続くが、OBは解散…ということで帰らせていただく。
男声の現役と先生は8時間もリハーサル会場にいたことになる。男声の現役も充分「お疲れ様」という感じだが、先生はもっとすごい。男声の現役は女声のリハーサルの間、食事休憩があったようだが、先生はおそらく休みなし。プロはタフである。
(サークルとしては)OBなのに学生という立場はちょっと肩身が狭いなぁ…と思ったり思わなかったりしました。
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まあ、実際は肩身が狭そうな態度なんかちっとも取ってないんですが…。
来年からは還元するべき立場になるわけです。学生のうちは遠慮せずに食って飲むしかありません。
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本番まで2週間を切った。相変わらず単声の演奏会は綱渡りだなぁ。
今年、東京農工大学グリークラブは公演25周年を記念し、OBとの合同で委嘱初演曲を演奏する。
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「作曲家がどんな曲を書き上げてくるかはわからないので、委嘱初演は大きな賭けである」的な話を某作曲家さんのHPで読んだことがあるが、その言葉を実感している。
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本番の演奏会は7/10(日)。会場は三鷹で午後2時開演。入場無料。OBとして、バリトンとトップテノールで立つのでお暇な方は是非。
会場への地図などの詳細は東京農工大学グリークラブのホームページにて。
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さて、日記のタイトルですが、練習出席回数が少なくて、音取りも怪しいOBなんて…という話。ガンバリマス。
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本当はパートの自分以外の全員がやられていようが一人で突っ走れるとか、怪しい特殊能力(たまに暴走する)をいっぱい持ってるんだけどなぁ。
Amazonで注文しておいたリアルグループの日本デビュー盤となる「In The Middle Of Life」が届いた。
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リッピングしようとしたらGracenoteCDDBで曲名がひっかからなかった。マイナーな場合、発売日翌日じゃまだひっかからないものなのね…。
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ジャケットにメンバーの写真がない(ライナーノーツの裏にはある)とか、メンバー紹介的な内容はあってもそこにパートが書いてないとか、「まあ、知ってる人しか買わないだろう…」的な感じはしますが、デジパック仕様になってたりして、それなりにお金はかかっているようです。
じっくり聞いたわけではありませんが、内容にはなかなかポップな印象。完全オリジナルで、やや難しげなハーモニーも出てきますが、結構聞きやすいのではないでしょうか。
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個人的には次に2000年発売の「Commonly Unique」というアルバムが欲しいんですが、どっかで入手できないもんでしょうかねぇ。
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あと、自分の演奏家的興味から気になるCDとして、木下牧子の(ティオと方舟以外で)有名な混声合唱曲(今年うちの団がやる曲も入ってるようだ)をいくつか集めたCDが通販で販売されており、来月から店頭販売も行われるとのこと。
これも欲しい。
リアルグループいいなぁ…この美しいハーモニーを聞いていると、どうしてもTRY-TONEに不満が…。
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数ヶ月に一度は「アカペラでゆこう(名曲やね)」とか「白い恋人達(アレンジがカッコイイので好き)」とかを無性に聞きたくなるのも確かなんですが、合唱人として聞くと青木さんのベースには不満がある。
ちょっと技巧に走りすぎでピッチが不安定、ハーモニーの中で浮いている、という印象が強い。
もしかしたらあんまり低い音出せないのかも…とも思ったりもするが、「出せる音域」と、「音楽的に使える音域」というのがあるとすれば、出せる音域を限界まで使って、さらに技術的に無理なことをしているように聞こえる。
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それでも綺麗にハモっちゃう曲もあるんだけど、5声でかっちりハーモニーを作っていかなくてはいけない曲ではもう少しで破綻しそうな音がよく鳴る。
極端に凝った編曲が多く見られるアルバムでハーモニーがやや微妙な印象を受けるのは編曲が難しすぎるからというのもあるが、正直、ベースのピッチが不安定なのが大きく影響しているんじゃないか、と思っていたりする。
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技巧面でTRY-TONEが日本で一番のアカペラグループであることは間違いないので、こういう批判を書くとアカペラに関係している方々から非難を浴びることは間違いないと思うけど、「自分の個人的な趣味」としてはどうしても気に入らないのである。
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もしかしたら、ベースのピッチの微妙なズレはTRY-TONEがジャズアカペラだからなのかもしれないなぁ…とも思うんだけどね。
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次は韓流…なんですね…。
リアルグループの韓国で発売されたベスト盤「THE BEST〜TOUR SOUVENIR ALBUM」を入手!(帰ってきて2時間くらい買ってきたことを忘れていたのは内緒だ…)

たまたま寄った新宿のタワレコでゲット。Chili Con CarneとDancing QueenとA Cappella In Acapulcoが1枚に入ってるのはおいしいよなぁ…(本当は似たような選曲でもう少し曲が多いベスト盤もあるらしいのだが)。
リアルグループはスウェーデンの混声アカペラグループ。サークルの後輩がずっと「いい」と言っていた気がするが、たまたま音源を聞いて感動。素晴らしい。
5/11には最新アルバムが日本盤として発売されるらしい。結構マニアックな内容らしいが、とりあえずこれも買う。どっかのCMでも彼らの曲が流れていたりする。
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しかし、どうして日本人はこういう乾いた美しいハーモニーを作り出せないのだろうか…。
日本のコーラスグループってどうもハーモニーが湿っぽくて…まあ、それはそれでいい味がある(日本の曲はやっぱり日本人のハーモニーの方が合う)んだけど、僕の好みはやっぱり乾いたハーモニーなんだよなぁ。
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その原因って、やっぱり日本人って基本的には声が暗くて、その暗い音が美しい音だ、っていう耳ができているんだと思う。
「暗い」音をヘルツ単位で周波数を計って検証すれば「音が低い」ってことになり、日本人はちょっと低い音を好む人種という結論になる…と僕は思っているんだけど…(日本人は短調が好きらしいので、短調が綺麗に鳴るためには音律がうんぬん…とかなんとかなるのかなぁ…)。
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そのうちちゃんと勉強して検証してみたい。
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まあ、音が暗かろうがなんだろうが、その音楽の善し悪しには基本的に関係ないわけですが。
実際、日本のコーラスグループは音が暗い、ケチを付けておきながら、トライトーンもSMOOTH ACEも好きなんですよ。そこは勘違いしないでいただきたい。
演奏会を聴きに。
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相変わらず遠い。
しかし、いつから行ってないんだろう…もしかしたら僕が学指揮のときに練習やって以来行ってないのかも。そうなると2年以上か?
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感想は、内輪な内容なのでわからない人以外はわからないでいいです。
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とにもかくにも、安定した明るい、癖のない発声というのはいい。ちょっとくらいミスしてても全然気にならなかった(編成の違いはあれど、歌ったことがある曲が混ざってるから気づいてしまった。普通は気づかないだろう)。ただ、歌い方の癖はちょっと気になるところが…とか意地の悪いことを書いちゃったりもするけど。
ハーモニーの美しさだけじゃなくて、音楽的にもちゃんと考えられているのがわかった(中心になっていた人「らしい」味付けがなされていた)し、少人数での演奏として素晴らしいものだと感じた。
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僕としては、「歌いたい」って言ってた曲を「歌いたいメンバー」で歌えていたことが聴いていて一番嬉しかったよ。
夕方には上野に行き、サークルのOB(僕ももうOBですが…)であるniheiさんが所属していらっしゃる合唱団「ひぐらし」の演奏会を聴いてきました。
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正直言って僕は社会人合唱団の演奏を聴くことはほとんどないのですが、まず声を聴いてちょっと驚きました。メンバーは年齢も声の出し方も歌い方も全然違う(男声が妙に男声合唱っぽかったり)のに、合唱団としてはちゃんとまとまりがある。
うちの団って、今かなり混声合唱を中心に回っていて、混声合唱はそれなりにうまく歌えるけど男声合唱になるとどうもうまく歌えない(「男声合唱らしい泥臭さ」が出ない)感じがあって、「混声合唱と男声合唱を音楽的に両立できるのかな?」なんて勝手に心配していたんですが、案外どうにかなるのかもしれませんね(楽観的過ぎ?)。
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会場である東京文化会館小ホールは初めてだったのですが、デザイン的に面白いホールでした。
音に関しては側面の壁と天井で響き方が違っている。壁は普通の音楽ホールのように響いているけど、天井はコンクリートの建物のように響いていて、全体としては通常の形状の音楽ホールとちょっと違う響き方をしているように感じました(なんかホールの見た目通りの感想なんだが…)。
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演奏会のサブタイトルには「日本語の力」とありまして、流行の作曲家である信長貴富さん(この前の演奏会でこの人の曲を歌いました)プロデュースによるもので、信長さんが「言葉が聴き手に伝わるか」という点に狙いを定めて選曲をおこなったそうです(パンフに書いてあることほぼそのまま)。
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通常、合唱の演奏会では歌詞カードがパンフに挟み込まれます。そして、演奏前や演奏中に歌詞カードを確認し、歌詞の内容を考えながら音楽を聴くのが普通だと思うのですが、今回の演奏会では歌詞カードもパンフには挟み込まれておらず、途中の休憩で欲しい人だけが取る、という形態になっていました。
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休憩のときに歌詞カードはもらいましたが演奏中はなるべく歌詞カードは見ないようにして聴いていました。
それでわかったのは、やっぱりメロディを聴いて「いいなぁ」と思う曲でないと歌詞は頭に入ってこない、ということです。メロディやテーマが明快な曲ばかりならば歌詞カードはいらないのですが、演奏された曲の中にはやっぱり音楽と音で伝えられる言葉だけでは理解できない曲が含まれていて、そのときはやっぱり歌詞カードが欲しいなぁ…と思ったのでした。
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合唱の演奏会において、歌詞カードが挟み込まれるのが普通であるのは、聴き手にとって演奏される音楽を理解する手助けになるから、という理由もあるのだと思います。そうなると、歌詞カードはやはりパンフに挟み込まれているべきなのではないでしょうか。
ただ、今回の演奏会では歌詞カードがなかったことで、歌い手はいかに言葉を伝えるか、聴き手はいかに言葉を感じ取るか、それぞれ必死になっていたと思います(少なくとも僕は聴き手として必死でした)から、試みとしては成功だったのではないでしょうか。
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曲目を見てみると、「歌詞カードを配らない」ことに深い意味が込められているのって休憩前の第2ステージまでなのかなぁ。休憩前まではとにかくいろいろな曲を試してみてるんだけど、休憩後はノスタルジアIIの初演と三善晃の曲集なんだよね。
千葉大学合唱団の演奏会を聴いてきた。
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期待していた木下牧子のアカペラものは最初の学指揮ステージでサラッと終わってしまってがっかり。「趣味の違い」という以前に、完成度が低い印象。綺麗にハモってはいたんだけど、綺麗なだけならCDでもいいので、ハーモニー以外の「何か」に期待していたんだけど…。
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2ステージ目は難解な方の新実徳英の曲(歌詞の内容を読んでいくと、理解しやすい方なのかも…とも思ったけど)。常任指揮者だけあって、無難にこなす。
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そして、3ステージ目。オペラ…である。
1時間以上に渡る太平洋戦争の話で、完成度の高さに度肝を抜かれてしまった。他のステージがそれなり(充分上手いですが…)なのも仕方ないかなぁ…というくらいの内容。お話はいかにもなストーリーなので個人的にはそれほど好きにはなれなかった(こういう話って苦手)、というか感動できなかったのだが、演奏の出来はとにかくすごかった。
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千葉大の演奏会を聴きに行っていつも感じるのだが、「よくやるなぁ…」と思う。
常任指揮者目当てに経験ある団員が集まってきているのは確かなんだろうが、そういう人達だけで構成されているというわけではない(ハズな)わけで、経験の浅い人も含めて全体としてとても素晴らしい演奏を作っていることには、やはり感心してしまうのである。
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疲れていてテンション高い現役について行けなかったので静かにしてました(これでも元テンション高い系テナーなんだけどなぁ)が2次会まで参加。朝帰ってきて昼から夕方まで爆睡。演奏会前日とは違って全く夢もみず熟睡。
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現役なんかほとんど見てないようなところで書いてもしょうがない気もするんですが感謝の言葉を。
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いい演奏に参加することができました。ありがとう。
サークルの練習のことは毎週書いてきましたが、演奏会がいつなのかは書いていませんでした。
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今年は12月25日、クリスマスでございます。
場所は府中の森芸術劇場ウィーンホール(ここで混声の演奏会をやるのはかなり久しぶり、僕が学部1年生のとき以来)で時間は夕方5時半開場、6時開演(例年より30分開始が早い)。
ちなみに、リハーサルは前日の24日。
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つまり、クリスマスイブにリハーサル、クリスマス当日に演奏会本番、となります。
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この日程を友人に教えたところ、「その日程に誰も文句を言わなかったの?」と突っ込まれました。
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確かに。
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まあ、毎年この時期にやってますからね。慣れましたよ。独り身にとってはクリスマスに一人で寂しい思いをしなくて済むのはいいのかもしれません。
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ちなみに、昔の日記を見てみると1年のときだけはクリスマス前に演奏会が終わっていたため、同期で集まってクリスマスに遊びに行っていることが判明。そういえばそんなこともあったなぁ。
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演奏については、まあ、当日聴きに来て確かめてください。
僕は当然ただの歌い手ですが、高校以来久しぶりに混声のベース(ディビジョンのときは上)としてステージに立ちます。テナーで頑張るのはやめて、そろそろ自分の歌いやすい音域で生きていこう、ということでございます。
今日の練習をやった場所のピアノの音が非常にホンキートンク(つまるところ、調律の狂いが酷い)。昔の農工の練習室のピアノ程ではないが、おもちゃのピアノみたいな音。こんなに酷かったかなぁ。
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高校時代、練習好きだった自分が大学に入ってから音取り後に個人練をあまりしなくなったのは、サークルで使用する楽器の中に自分が満足する音が鳴る鍵盤がほとんどなくて、「こんなピアノで練習やってもこれ以上正確な音なんか取れっこない」と思っていたからだったりするのだが、ほとんど言い訳にしか聞こえない(正確な音取りをしようと思うと本当はキーボードの音もキライだッ!)。
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でも、ある程度正確な音が鳴るピアノがないと全く練習にならない曲ってのは毎年何曲か出てくる。いくらやってもあのピアノじゃ歌わされる方が可哀想だよなぁ…と思ってしまうことはたくさんあった(もっとツラいのはそんな状況下でなんとかしなくちゃいけない指揮者と、酷いピアノを弾かなくてはいけないピアニスト。僕は、正直ツラかったです。)。
うちのサークルのピアノが酷いのは今に始まった話ではないけれど、そろそろ「上手く歌えないところが出てくるのはピアノのせい」ということにして対策を考えてもいい頃だと思う。
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いいピアノはいい耳を作り、いい歌を呼び寄せる。逆もまた然り、である。
この時期になると、農工大の現役学生は火曜日、もしくは木曜日のどちらかにも混声の練習が入ってくる。今年は木曜日に工学部でやっているので先週今週と練習に出席した。
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時期的に来年度の役職など、来年の体制に関する話し合いもはじまってくる。
その話し合いを練習が終わったあとにやっていて、ちょっと聞き耳を立てていたのだが、現役の事情ってのは基本的にはずっと変わらない。レポート、講義、もしくはバイトとサークルをどう両立するか、ということが最大の問題である。OBになってしまった自分からすると大したことないように聞こえてくることもないわけではないが、自分が現役のときは同じようなことを本気で悩んでいた気がする。
僕は3年に忙しくなると思っていたので2年はサークルの運営に関わる仕事をほとんどやらず、単位をきっちり取ることにしていた(それでもパトリ、農工祭の学指揮、レポート…と被ってきたときはツラかった)。その結果、単位数にある程度余裕のある状態で3年生になることができた。僕以外の同期はどちらかというと逆だったようだ(勉強、サークル共に2年に忙しいのが一気に来たので、3年はラクさせてくれっていう人もいたし)。
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サークルの運営の中で変えられることはないだろうか、と言ってはみたものの、実際に実行するのは現役なので、現役が自分たちの事情を考えて決めればいい話である。理想はわかっていても周りの事情として厳しいものがあるから無理、という判断はあって当然だと思う。
僕としては、サークルの中での負担が増えて留年…なんてことになるのはまずいと思うし。